DINING OUT WAJIMA with LEXUS
能登の山・川・海が磨いた人間の知恵。
2019.11.14
photographs by Hide Urabe/ONESTORY
10月5~6日、石川県輪島市で開催された「DINING OUT WAJIMA with LEXUS」は、2人のシェフのコラボレーションという、DINING OUT史上初の試みによってディナーが繰り広げられました。それは、舞台となった能登の風土や歴史を描き出すと同時に、人類の調理技術の進化、食材へのアプローチや表現の振り幅をも提示して、料理の本質を浮かび上がらせたかのようでした。
人類の調理技術のショーケース。
DINING OUT WAJIMAの料理を担う1人は、東京・西麻布「AZUR et MASA UEKI」の植木将仁シェフ。日本の優れた食材をフランス料理の技法で調理する「和魂洋才」をコンセプトに、独創的な料理で評価が高い。石川県金沢市出身で、北陸の食材を積極的に使い、土地の情景が浮かぶような料理を提供してきた。能登に精通する立場から、今回のリード役にしてサポート役である。
もう1人は、ジョシュア・スキーンズシェフ。サンフランシスコ「Saison」で熾火による革新的な調理法と最高品質の食材への追求で注目を浴び、ミシュランの三ツ星を獲得。現在は、「Saison」を後進に引き継ぎ、さらなる革新のため、「Saison Hospitality」やラボラトリー「Skenes Ranch」を設立するなど、今、世界が最も注目するシェフの一人だ。
白いコックコート姿の植木シェフ、緑色の帽子とTシャツにスウェットパーカー姿のジョシュアシェフ。ウェアの違いが、料理人としてのカルチャーの違いを端的に表していたと言える。
フランスやイタリアでの現地修業をはじめ欧州で築き上げられてきた料理体系をベースに、現代的テクニックも取り入れて、重層的かつ情感溢れる表現を追求する植木シェフ。
料理学校やレストランでの経験を経ながらも、伝統や定石といった従来の方法論に一切拠らず、常にゼロから対象と向き合って、素材の味を引き出すことに全神経を集中するジュシュアシェフ。
2人を象徴する調理法で言えば、植木シェフはガストロバック(減圧過熱調理器)、ジョシュアシェフは熾火。科学と自然、人類が積み上げてきた調理技術の現代の到達点が前者とすれば、後者はいわば出発点。並んで調理する2人の間には人類の歩みが横たわっている。
加熱をいかに効果的に行うか、前進せずにいられない人類は様々な手法や道具を編み出してきた。調理のメカニズムの解明と共に、高い精度を効率的に実現する機器が次々と登場した。現時点での多様なメソッドを駆使する植木シェフ、いわばそれらを捨てたジョシュアシェフ。両者が並ぶのは21世紀ならではの光景だろう。若いジョシュアシェフのほうが原始的調理法を採用している点が今の時代性を映し出す。テクノロジーの進歩が加速する中で、人間らしさを問い直そうとする時流とベクトルを同じくして興味深い。
メソッドは対照的でも、どちらも操るのは人間である。どこまで火を入れるのか、どのポイントが最適かの判断が人間に委ねられることには変わりない。今回のDINING OUTは、人類の調理技術のショーケースであり、人間がおいしさの追求にどれほどエネルギーを注いできたかを示す場となっていたとも言えるかもしれない。
スイートスポットはどこにある?
キッチンには、ジョシュアシェフのための熾火台が設置された。彼が自ら考案した熾火台を今回のDINING OUTのために日本で再現したのである。
熾火で調理する理由を、ジョシュアシェフは次のように語る。
「オリジナリティを出すために、一度すべてを捨ててみよう、ゼロにしてみようと考えた。すべてを捨てて、食材と向き合う。そうして、温度、食感、味、バランス、様々な側面から見た時に、素材の良さを最も引き出す調理法が熾火だった」
熾火料理というと、肉を焼く、野菜を焼くといったグリル的な料理をイメージするが、彼にとっての熾火はいわゆる熱源。「熾火を使って、直火で焼く、乾燥させる、スモークするなど、自分たちで独自にいろんなテクニックを導き出していった」という。「バジルなどの葉を熾火で長時間かけて乾燥させるテクニックは、私たちを発信源として全米に広まりました。オーブンやデハイドレーターで行っていたのを熾火に変えた店は多い」。熾火という原始的な熱源の使い方を新たに開発していったわけだ。
DINING OUT WAJIMAで提供された料理で言えば、塩をスモークする、ワカメを低温で5~6時間かけてチップにする、昆布で包んだキャビアを温める、アワビを強火で香ばしく焼く、ラムバターを染み込ませたパイナップルを2時間焼く、イノシシの骨を炙って脂肪分を溶かす、ご飯を藁苞に包んで炙る、といった具合。火加減の調節にはうちわを使いこなす。
ジョシュアが熾火を使うのは、食材を第一義に考えるからである。天然の薪から発せられる熱は力強くも柔らかく、食材に損傷を与えにくい。
彼の食材と向き合う姿勢の徹底ぶりは、DINING OUTスタッフを驚嘆させた。DINING OUTのフードキュレーターを務める宮内隼人さんによれば、「アワビでもホウレン草でもダイコンでも昆布でも、入手し得る全種類を揃えて、すべて片端からテイスティングする。今ここで手に入る最高のものを妥協なく求める。そして、選んだ食材に対して最適の調理を施すために、今度は熾火による火入れの温度と時間を秒単位で探して出していく」。
ジョシュアは、何を食べた時でも常に「この食材のスイートスポットはどこにあるのか?」を考えるという。「とにかく考える」。そして、スイートスポットを探し出し、スイートスポットが生きる味のバランスを追求していく。
「最もおいしい瞬間を求めていて、それはゲストの手元口元に届くのが10秒違っただけで、逃すことにもなりかねない。調理の温度や時間のみならず、盛り付けのタイミング、サービスのタイミング、すべては最高の瞬間のためです」
能登の食材への2つのアプローチとつながり。
植木シェフが一貫して追い求めたのは、能登を表現することだった。
金沢出身の植木シェフにとって能登は知り尽くした地元である。レセプションでの郷土料理「串目」をアレンジしたギバサ(アカモク)のムース、輪島の由緒ある禅寺、総持寺(曹洞宗の初期の本山のひとつ)にちなんだ野草茶使い、北陸で盛んな報恩講(親鸞聖人の命日に遺徳を偲んで営む仏事)料理に欠かせない食材すいぜん、地元の発酵食コンカイワシやいしるを巧みに取り入れ、森、川、海が一体となった能登の風土を皿の上に描き出すなど、発想を尽くし手を尽くして能登を描き出した。皿の向こう側に、歴史、生活文化、精神性、森羅万象が浮かび上がる、まさにDINING OUT にふさわしいクリエイションだった。
一方、ジョシュアシェフにとっては初めての能登である。「能登には山・川・海がある。それは私が最も大切にしていることだ。決して深い知識なく能登へやって来たけれど、求めるものが揃っていることを肌で感じた。能登へ来たことはある意味、運命だなと思う」と語る。彼は現在、ラボ「Skenes Ranch」を拠点にしているが、そこがまさに山・川・海が揃った所らしい。「限りなく天然自然な環境で、そこで私は狩りもすれば、釣りもする」。
「能登の食材はどれも繊細だ。アメリカは空気が乾燥している分、食材の味が濃くメリハリが効いているのに対して、能登は湿度が高いせいか、デリケートさを感じる。とりわけアワビは魅力的で、加熱温度や時間を少しずつ変えて6~7通りの火入れを試しながらスイートスポットを探り出していった。もっと時間があったら、もっと完成度を高められると思うのだけど」
とりわけ印象深い食材は七面鳥だったという。
「食材とは原形から向き合わなければ、本来の味を理解できないと思っている。鳥であれば、丸のままから調理しなければ、真に味を引き出すことはできない。しかし、アメリカで質の高い丸鶏を入手するのはかなりむずかしい。ベンダーと戦って戦って、ようやく手に入るくらいだ。だから、狩りもすれば釣りをするとも言えるのだが。でも、日本では、仕入れる食材が高いレベルに達していることがすばらしい。七面鳥に限らず、イノシシにしても魚にしても、日本の食材の処置や仕立ての技術は賞賛に値するね」
アプローチは異なるけれど、2人の料理は裏側で見事につながっている。
まず、2人の料理に通底する昆布。北前船の経由地だった能登には古くから上質な昆布が入ってきた。そんな昆布を、だしとして、昆布締めとして、2人共に多用した。また、レセプションで供された植木シェフによる七面鳥のブロスと呼応するかのように、ディナーの〆の料理としてジョシュアシェフが七面鳥を使った海南鶏飯風ご飯と、植木シェフが手掛けたメインのイノシシの骨を使ったスープを提供するなど、パズルのように絡み合った。
すべては能登の風土の上に。
ジョシュアの「能登は湿度が高いせいか、食材が繊細」という言葉は能登の風土を的確に言い当てている。その湿度こそが、輪島の漆文化を発展させてきた一因だ。
漆塗りの工程において、「塗りが乾く」とは乾燥することではなく、漆が空気中の水分と結合して硬化することを指す。理想的な環境は湿度80%、気温20~25℃とも言われる。一年を通して70%前後の湿度が保たれる北陸で漆工芸が発達したのは故なきことではない。
ケヤキ、トチ、クリ、ヒノキ、ヒバなどから作る木地に、ウルシの樹液から作る塗料を塗るのが漆工芸である。輪島塗の場合、その工程は124に及ぶ。木を素材として高度に精密化させた手工芸が輪島塗であり、能登の気候風土とそこに住む人々の細やかで情感溢れる気質が磨き上げたことは歴然たる事実だ。
「レセプション会場として選んだ重要文化財の時國家住宅(平大納言時忠以来、24代続く時國家の屋敷)は江戸時代に3代50年かけて建てられた。時間と手間のかけ方にこの土地の凄みを感じますね」とDINING OUTの総合プロデューサーの大類知樹さんは語る。
森、山、田畑、集落、川、池がモザイク状に組み合わされた周囲を海が縁取り、人の暮らしと自然が有機的につながり合う「能登の里山里海」は、2011年、日本で初めて「世界農業遺産」に認定されたが、ディナー会場となった輪島市金蔵集落はそんな里山のど真ん中。周囲には歴史を誇る寺が5つ存在する。室町時代には年貢として上納されるのではなく仏供米とされたとの伝えもある。
「山、川、海がコンパクトに凝縮した地形上、稲作の場は棚田にならざるを得ないわけですが、その棚田に詰まった人間の叡智がまた凄い。斜面を階段状にして水田化を図る土壌の整備、水を溜める、水を引く、水を抜くといった治水の仕組みなど、先人の知恵に驚く。そういった生産体制をベースとしながら、寺を中核とするコミュニティが長きにわたって形成されてきたことに、この土地の生活文化の豊かさを感じてならないのです」
DINING OUTが示唆するこれからの価値観
ジョシュアに “期間限定のプレミアムな野外レストラン”というDINING OUTのスタイルについて聞いてみた。
「自然の中で外気に包まれて、木々や草の匂いを感じたり、虫の声を聞きながら食事をするというのはすばらしいね」。
大類さんたち制作サイドにとっては、神社や寺の境内、城址、時に私邸の庭を切り拓き、あるいは生活道路を通行止めにして、一切の調理設備のない場所に常設のレストランと変わらない機能を持つ飲食空間を造り出す作業は、困難との戦いだ。料理を託されるシェフにとっても、店とは異なる条件下での調理であり、イベント当日は天候にも左右される。大類さんはシェフにオファーする際、「制約はあるけれど」と困難さをあらかじめ伝えながら依頼してきたという。が、ジョシュアから「それは制約なのかな」という返事が返ってきた。「『チャレンジングではあるけれど、本来、人間が一番おいしく感じる環境だと思う。店という閉鎖空間のほうが制約だよね』と彼は言うんですね」と大類さん。DINING OUTのスタイルを築き上げてきた大類さんにとって、その言葉はうれしくもあり、驚きでもあり。世界の最前線の感覚と歩調が合っていることは間違いない。
佐渡での第1回目の開催から7年。DINING OUTは、土地の価値を掘り起こして描き出す作業の中に、社会の価値観や向かうべき方向性を示唆する役割を、今後いっそう求められていく。
◎ ONESTORY公式サイト
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