味の精度を高める道具使い。
元「ア・ポワン」岡田吉之さんのワンハンドクッキング
2022.04.01
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text by Sachiko Inomata / photographs by Takeharu Hioki
連載「食のバリアフリープロジェクト」
“食のバリアフリー”について考えるプロジェクト。健康上、宗教上など様々な理由で生じる食の障壁をなくし、皆でテーブルを囲むにはどうすればいいのか? 制限や制約を背景も含めて理解しながら、実践的なレシピを紹介します。
2009年3月に脳出血で倒れて右半身麻痺になった元パティシエの岡田吉之さん。数年間ふさぎ込みがちだった岡田さんが前を向き始めたのは、料理がきっかけでした。岡田さん愛用の道具は、使い勝手以上に味への貢献度が高いすぐれもの。ざっくり切る、シャープに切る、料理に合わせて道具を変えて、おいしさの精度を高めます。ワンハンドじゃなくても活用度大の道具使いを伝授していただきます。

岡田吉之さん。ひんぱんにInstagram( @2020apochan )で料理レシピを公開中。
目的に合わせ、シャープに切る、ギザギザに切る。
たかがスライサー、されどスライサー。
利き手が使えなくなると、力が入りにくい左手でいかに求める形状に効率良く切れるかが、大問題になってきます。よく切れて押し切りできる重い包丁はもちろんですが、そんな時に役立つのがスライサーでした。これまでどれだけ買っては試したことか。
今回、せん切り野菜を使った2種類の料理を紹介したのには意味があります。きんぴらごぼうとキャロット・ラペのせん切りでは、その食感は似て非なるものだということです。食感に敏感な僕には特に大事なポイントです。
キャロット・ラペといえば、パリで仲良くなった惣菜屋の主人の言葉を思い出します。
「日本人は形がきれいだといいと思っているが、違う。マンドリンといスライサーを使うと味がよく染み込んで旨いんだ」
さっそく調理道具店の「モラ」で3万円近くするマトファー製のそのスライサーを買い求めました。確かに断面に傷がつき、波打つようにおろせて味が染み込みます。それを思い出し、日本でワンハンドになってから3年かかって探しあてたのが、ののじ社製のおろし器でした。力の入らない左手で楽にふんわりと手軽におろせます。
ドレッシングはカプチーノなどに使う電池で動くミルク泡立て器が便利。辛味を少し加えたいとタマネギも入れました。塩分は水分を除くためにニンジンとタマネギにふった少量の塩だけにするのが健康的です。一晩おけばさらに味が染みておいしくいただけます。
片やきんぴらごぼうは食感を楽しむもの。シャープに切れる愛工業のスライサーセットのうち、適度な食感が残る厚さ2.3㎜、幅3㎜のせん切り用の刃でスライスします。この調理道具はワンハンドになってから長年愛用しているもので、僕の料理には欠かせません。
ただし、よくある料理書の作り方とは少し違うところがあります。それはしっかり炒めて火を通し、通常は入れない水を入れて蓋をして煮込むことです。
障がい者には「嚥下しやすい(飲み込みやすい)」食事が大切だと闘病中に嫌というほど教わりました。この料理の特性として歯応えは大事なのですが、むせってしまっては元も子もありません。
ある程度の歯応えは残しつつおいしさは外さない前提で、火が通りにくく味が染み込みにくいゴボウは長く炒め、味が比較的染み込みやすいニンジンは後で加え、水分を補って蓋をして煮詰めています。ちなみにカット野菜は味が抜けてしまっているので、洗いゴボウがあって本当に助かりました。
調理道具のおかげで、料理がますます楽しくなっています。
<RECIPE>
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歯ごたえ重視のきんぴら
愛工業のスライサーセット「Aセット野菜調理器Qシリーズ」を購入してから料理の幅が広がった、と岡田さん。きんぴらには「食感も良く、素材の味も感じる」厚さ2.3mm・幅3mmのせん切り用を使う。濃い味ではないが、唐辛子が利いたシャープな味わい。
■きんぴらごぼう
◎材料
洗いゴボウ・・・1袋(カット2本)
ニンジン・・・1本
赤唐辛子(種抜き)・・・丸2本、輪切り1本分
ゴマ油・・・大さじ2/3
<調味料>
日本酒・・・大さじ1
ほんだし・・・小さじ1
上白糖・・・大さじ1
薄口醤油・・・大さじ1
◎作り方
【1】洗いゴボウは6~7㎝長さに押し切りにし、厚さ2.3 ㎜・幅3㎜のせん切り用スライサーにかける。水(分量外)に10分ほど浸けて、途中水を替えてアクと汚れを除き、ザルにあける(A)。
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(A)きんぴら用は厚さ2.3 ㎜・幅3㎜のスライサーでせん切りにし、端は4~6等分に押し切りにして、食感の違いを楽しむ。
【2】ニンジンは濡れタオル上に置いた皮剥き器のクギ状固定金具に刺し、ピーラーで皮を剥く。1と同様にせん切りに(B)。

(B)スライサーで断面をシャープに切ったきんぴら用。
【3】ゴマ油と唐辛子2本をフライパンに入れて弱火で熱し、ゴボウを炒め、輪切り唐辛子も加えてしっかり炒める(C)。
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(C)先にゴボウを炒める。硬すぎると飲み込みにくいので5分ほど炒め、輪切り唐辛子を入れてさらに2~3分しっかり炒める。
【4】火をやや強めてニンジンを加え炒める(D)。ニンジンに油が回ったら日本酒を加えて煽り、残りの調味料を加え、蓋をして5分煮込む。
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(D)ニンジンは後から加えて歯応えを残す。ニンジンを加えたら中火にして煽る、トングで混ぜるなどして油が回るまで炒める。
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ふんわり味が染み込んだキャロット・ラペ
ふんわりした切り口。断面はギザギザしていて、味が染み込みやすい。岡田さんがラペ用として日本でやっと見つけた、ののじ社の「サラダおろしBOX LBG-01GW」でおろしたもの。刃は裏表で6mmと3mm幅があり、ラペには3mmを使う。
■キャロット・ラペ
◎材料
ニンジン・・・1本
タマネギ・・・1/4個
レーズン・・・30g
塩・・・適量
レモン(皮を使う)・・・適量
<ドレッシング>
粒マスタード・・・小さじ1
白ワインビネガー・・・大さじ1.5~2
サラダ油・・・大さじ3
上白糖・・・小さじ1
黒コショウ・・・適量
レモン汁・・・4、5滴
◎作り方
【1】ニンジンは上記と同様に皮を剥き、4~6㎝長さに押し切る。濡れタオルにおろし器を置いておろす(E)。
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(E)ののじ社製のおろし器は、左手で楽にふんわりおろせる。断面は粗く、ドレッシングがよく染み込む。
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断面がギザギザで波打つようにおろしたキャロット・ラペ用のニンジン。
【2】皮を除いて縦4等分にしたタマネギは薄切り用スライサーで繊維に沿って切る。
【3】1と2はそれぞれボウルに入れて少量の塩をふりかけておく(塩は調味も兼ねる)。
【4】レーズンは湯通しする。
【5】ドレッシングの材料をボウルに入れて撹拌する(F)。
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(F)キャロット・ラペのドレッシングの撹拌はミルク泡立て器が役立つ。濡れタオルにボウルを傾けて置くと、混ぜやすい。
【6】3と4を加えてトングで混ぜ、馴染ませる(G)。盛り付け前にフードグレーター(ゼスター)でレモンの皮をすりおろす。

(G)ドレッシングに汁気を絞ったニンジンとタマネギ、レーズンを加えて混ぜる。ラップフィルムを密着させ、5分冷蔵して味を馴染ませる。
(雑誌『料理通信』2021年1月号掲載)
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