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FEATURE / MOVEMENT

究極の給食パンを求めて。第2回

国際製パンコンクール優勝者が作る給食パンとは?

「ブーランジェリー・フリアンド」谷口佳典シェフ

2022.05.23

text by Sawako Kimijima / photographs by Jun Kozai

連載:究極の給食パンを求めて。

2021年10月、フランスで開催された国際製パンコンクール「モンディアル・デュ・パン」に日本代表として出場して優勝した谷口佳典シェフは、兵庫県の夙川で1951年から続く「ブーランジェリー・フリアンド」の三代目。同店は初代から地元の小中学校や幼稚園の給食パンを手掛けており、谷口シェフもその任務を継承しています。バゲットやクロワッサンなどフランスパンの高度な技術を発揮することと給食パンを作ること、一見、異なるタイプに見える2つのフィールドをどのように捉えているのか? 徳島県神山町で「地産地食」をキーワードに掲げ、農業と食文化を次世代につなぐ「フードハブ・プロジェクト」のパン製造責任者、笹川大輔さんが訪ねました。


谷口 佳典(たにぐち・よしのり) 「ブーランジェリー・フリアンド」オーナーシェフ(上写真・右)
1980年兵庫県西宮市夙川生まれ。2003年に「ドンク」に入社し、6年間修業を積む。2009年、製パン技術研修のため渡仏、6店舗で経験を積み、うち2店舗ではシェフ・ブーランジェを務める。2010年、現職に。コンクール受賞歴多数。2015年の国際製パンコンクール「モンディアル・デュ・パン」に日本代表として出場、昨年は同コンクールに再び出場して優勝を果たす。

笹川 大輔(ささがわ・だいすけ) 「フードハブ・プロジェクト」パン製造責任者(上写真・左)
1985年生まれ、東京都出身。18歳からパン職人の道へ。2017年、妻子と神山町に移住。農業チームと連携しながら、神山産の小麦や農作物を使ったパン作りに勤しむ。「フードハブ・プロジェクト」は、2022年4月から神山町立小中学校の給食づくりを任され、2023年春に開校する「神山まるごと高専(仮称)」の食事も手掛けることに。


店のパンと給食のパンを作り分けない。

谷口 この店は1951年に祖父が創業して、僕で三代目になります。

笹川 僕の父は「紀ノ国屋フードセンター」のパン職人でした。僕は父の影響でパンの世界に入ったとも言えるのですが、谷口シェフの場合、すんなり店を継ごうと思われたのでしょうか?

谷口 23歳までパン職人になるとは思っていなかったですね。大学が法学部でしたので、普通に会社勤めをするんだろうなと思っていた。それが、大学の夏休み、父親の手伝いでサンドイッチのパンを切っていた時に、父親から「お前、下手くそやなぁ。こないにすんのや、よう見とけ」って言われて。僕は他人に対して「よう見とけ」って言えることあるんかなぁと思いまして。そこで初めてパン職人になろうと。

笹川 なるほど。

谷口 他店やフランスでの修業を経て、僕がこの店に入ったのは12年前ですが、その時に、すべてのパンの配合と製法を変えて、オペレーションも変えました。深夜から、あるいは早朝から仕込むという作り方をしていたので、オーバーナイトなどの製法を取り入れることで、スタッフの負荷が軽減されるようにしたんですね。

笹川 給食のパンはお祖父様の代からですか?

谷口 そうです。祖父の代から請け負っています。ただ、うちの場合、学校給食会の粉とレシピで作る、いわゆる一般的な学校給食のパンは作りません。自分のレシピでないパンは焼きたくない。現在、小中学校や幼稚園、保育園など17校の給食のパンを作っていますが、すべて店で販売しているのと同じパンです。火水が定休日なので、月木金の週3日で対応しています。

笹川 そうなんですね。いや、店売りのパンと給食のパン、どのように製造体制を分けているのだろう、別々の厨房やラインを動かしているのだろうかと疑問に思っていたのですが、それなら合理的ですね。

谷口 そもそも、なぜ、給食のパンと店で売るパンを分けて考えなきゃいけないのか? 僕にとっては、両者の間に何の違いもなくて、だから別々のパンを作り分ける必要があると思えないのです。僕たちパン職人の仕事は、おいしくて身体に良いパンを焼くことであって、子供たちが食べるパンであればなおのこと。給食という枠組みで、材料やレシピに制約がある中で作らなければならないのが理解できないんですね。

笹川 おっしゃる通りですね。ちなみに、どんなアイテムを納めているのでしょうか?

谷口 サンドイッチや焼きそばパンのような調理パン、メロンパンやクロワッサンなどの菓子パン、1人分ずつセットにして納品しています。

手前がローストチキンドッグ、奥が焼きそばパン。店の人気商品は給食でも人気。

見るからにこんがり香ばしそうな焼き色のメロンパン。

見るからにこんがり香ばしそうな焼き色のメロンパン。

サンドイッチは具材に使われている食材の質が高く、量もたっぷり。

サンドイッチは具材に使われている食材の質が高く、量もたっぷり。

笹川 1回にどのくらいの量を納めるのでしょう?

谷口 パンの個数にしたら、1000とか1500でしょうか。毎日17校分を焼くのではなく、数校ずつ日替わりなのですが、学校ごとに別々のアイテムを作り分けないで済むように、なるべくまとめるようにお願いしています。ハムドッグであれば、それに揃えてもらうなど、約2カ月前の献立が決まる段階で相談します。

笹川 ちなみに、人気があるのは何パンですか?

谷口 リクエストは焼きそばパンが多いですね。

笹川 わかります! こちらのお店を初めて訪れた時、コンクールで優勝されるシェフのお店で焼きそばパンがあるんだって、驚きでした。焼きそばも店で調理されているんですよね?

谷口 ええ、スタッフが作っています。店の人気商品でもあるので、給食用に納める日は4回くらい焼きそばを作ってるんとちゃうかな。

笹川 アレルギー対応はどのように?

谷口 グルテンアレルギーには対応しませんが、副材料や具材のアレルギーには対応します。卵の代わりにツナを使ったり、パンも乳と卵の入っていないハードトースト生地にしたり。完全なハード生地ではなく、少し油分の入ったセミハードにするなど食べやすさの工夫をしたり、その子らが一緒に食事して見劣りしないものを別注で作っています。

笹川 シェフ仲間で給食パンの話になること、ありますか?

谷口 食育への関心の高まりもありますし、給食のパンをやりたい、給食に関わりたいという声は聞きますね。ただ、小さいパン屋さんだと製造量がこなせないケースも出てきますし、衛生面が厳しいですし、簡単には参入できない世界だと思います。


給食には正しいパン文化を伝える役割もある。

笹川 谷口シェフは昨年、フランスで開催された国際製パンコンクール「モンディアル・デュ・パン」の日本代表として出場して優勝されていますね。競技時間が7時間半。その時間内に課題のパン(「世界のパン」「デニッシュペストリー」「サンドイッチ」「芸術的作品」)を作り上げなければならない。ミキシング、発酵、成形などを効率良くシステマチックに組み立てた作業工程が見事で、衝撃を受けました。

谷口 7時間半という時間は労働時間とリンクしているんです。その時間内でどれだけ精度の高いパンを作れるのか、まさに職人の技量を見るコンクールと言えます。それぞれの国で予選の際に並行して行われる若手ブーランジェコンクールの優勝者がアシスタントとなり、2人で出場する。技術や知識に加えて、指導力も審査されて、総合的に判断されます。「レ・アンバサドゥール・デュ・パン」という協会が運営しているのですが、ほら、マークが職人と若手の手なんです。

レ・アンバサドゥール・デュ・パンのマーク。手から手へ伝えていく精神を描いている。

レ・アンバサドゥール・デュ・パンのマーク。手から手へ伝えていく精神を描いている。

笹川 ところで、フランスで働いていた時には、給食のパンの経験は?

谷口 僕が行っていたのは田舎ですけど、そのパン屋さんが学校に給食用のパンを納めていましたね。バゲットをパンカッターでバンバン切って、大きな袋にガサッと入れて届けるんです。バゲットの生地をハサミで切ってプチパンにして焼くというのもありました。ビストロのパンと同じ感覚と言えばいいかな。

笹川 給食パンに関して、こんなことができたらいいなってこと、ありますか?

谷口 バゲットを食べてほしいですね。日本人の味の感じ方って、アミノ酸、つまり旨味が味覚の中心にある。一方、ヨーロッパの人は油分と糖分においしさを感じる。ということを考えると、油分も糖分も加えずに作るバゲットのおいしさはアミノ酸に負うところが大きくて、本来、日本人が好ましく感じる味わいの食べ物なんです。そういう意味で子供の頃からバゲットを食べてほしいと思う。

笹川 確かにそうですね。粉と水と塩と酵母だけで作る、純粋なパンの旨味が表現されているパンですよね。

谷口 幼稚園から定期的にバゲットのオーダーがあるんですよ。園内でサンドイッチ作りのイベントがあって、半年に一度、バゲットの注文が入るんです。

笹川 幼稚園でバゲットですか?

谷口 フランスでは歯固めに使われるのがバゲット。幼稚園児にバゲットという取り合わせに不思議はないんですね。

「最も材料がシンプルなパンであるバゲットの味わいを子供の時から体験させたい」

「最も材料がシンプルなパンであるバゲットの味わいを子供の時から体験させたい」

店では、ポーリッシュ法、オーバーナイト法、レスペクテュス・パニス法、3種の製法でバゲットを焼く。

店では、ポーリッシュ法、オーバーナイト法、レスペクテュス・パニス法、3種の製法でバゲットを焼く。

「パンの味を維持したまま、生産効率をアップする。それも技術のうち」

「パンの味を維持したまま、生産効率をアップする。それも技術のうち」

給食でこんなクロワッサンが出てくるなんて・・・。

給食でこんなクロワッサンが出てくるなんて・・・。


笹川 それにしても、さすが芦屋や夙川といった西洋文化が強いエリアですね。クロワッサンは、先方からの依頼ですか、シェフのお考えですか?

谷口 こちらから提案して採用されたという流れです。フランスにルーツがあるパンであれば、本場となんら遜色のない、ちゃんとしたものを食べてほしい。パン文化を正しく伝える役割も給食にはあると思います。

笹川 ちなみにバゲットは、1日に何本くらい作るのでしょうか?

谷口 1日に150本、多い日は200本。バゲットのレシピは、コンクールで作る分も店で作る分もほぼ変えていません。コンクールのバゲットも給食のバゲットも同じなんです。審査員が食べるのか、幼稚園生が食べるのか、僕にとっては同じ。子供にこそ、ちゃんとしたパンを食べてほしい。給食に携わる人間はそれを忘れてはいけないと思います。


◎ブーランジェリー・フリアンド
兵庫県西宮市若松町3-1
0798-23-0101
7:00~19:00
火曜、水曜休
阪急夙川駅より徒歩5分、JRさくら夙川駅より徒歩5分
https://friandeboulangerie.com/

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