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FEATURE / MOVEMENT

究極の給食パンを求めて。番外編

北海道「初夏の小麦畑ツアー」リポート

Aug 25, 2022

text by Sawako Kimijima / photographs by Daisuke Sasagawa, Agrisystem

徳島県神山町フードハブ・プロジェクトのパン製造責任者・笹川大輔シェフは、7月4~6日、北海道・十勝にいました。アグリシステムが実施する北海道「初夏の小麦畑ツアー2022」に参加するためです。アグリシステムと言えば、トップブーランジェが愛用する国産小麦の粉のメーカー。この10年で国産小麦によるパン作りが浸透した立役者と言っていいでしょう。「日本の小麦栽培の主要産地をこの目で見て、これからのパン作り、給食パン作りの考え方に活かしたい」と笹川さん。笹川シェフ自身による小麦畑レポートをお届けします。

目次







笹川 大輔(ささがわ・だいすけ) 「フードハブ・プロジェクト」パン製造責任者(写真右)
1985年生まれ、東京都出身。紀ノ国屋フードセンターで腕をふるったパン職人の父を持ち、自身も18歳からパン職人の道へ。2017年、妻子と神山町に移住。農業チームと連携しながら、神山産の小麦や農作物を使ったパン作りに勤しむ。高齢者も食べやすい「超やわ食パン」など地域住民の暮らしに寄り添う姿勢を徹底する。


“農業とつながる給食”を目指したい

このシリーズが始まってから、いろんな方とお話しする機会が増えて、「僕たちのパン作りは農業と直結しているんだ」ということを改めて実感するようになりました。
フードハブ・プロジェクトは農業を中心に営む会社です。僕は農業長とコミュニケーションを取りながら、畑の作物とパン作りがつながるように仕事をしています。神山小麦を少しでも多く使いたいし、春には手摘みのよもぎでローフやパウンドを焼こうと思う。夏になれば夏野菜でピザを焼きたくなる。すべての原材料を地元で調達できるわけじゃないけれど、“畑とつながるパン作り”という気持ちでやっています。

それは、フードハブにおいてはパンだけじゃなくて、食堂の食事もそうだし、瓶詰め食材のような食品もそうです。僕たちが給食に取り組むのであれば、“農業とつながる給食”にしたい。だからこそ、給食で社会を変えられるんじゃないかって思うわけです。
僕にとってはいつしかそれが当たり前になっていた。でも、一般的には僕たちのような仕事の仕方は少ないんだなということも感じます。

ただ、僕たちが神山で収穫している小麦の量では毎日焼くパンを到底まかなえません。そこで、立ち上げからずっとお世話になっているのが、北海道・十勝を拠点とする農産品の製造・加工会社アグリシステムの小麦粉です。アグリシステムと言えば、パン職人なら知らない人はいない国産小麦のトップメーカー。フードハブの場合、食パンには「十勝ゆめぶれんど」(ゆめちから、キタノカオリ、きたほなみをブレンドした強力粉)、バゲットやハード系には「モンスティル」(はるきらり、きたほなみ、キタノカオリをブレンドした準強力粉)、ソフト系は「十勝ゆめぶれんど」と「パティシエール」(きたほなみ100%の薄力粉)を使っています。

アグリシステムは、小麦生産者から仕入れるばかりでなく、自ら栽培もしています。オーガニックを地域全体で進めていきたいとの思いが強く、「北海道オーガニックデザイン風土火水」というプロジェクトを立ち上げていて、有機栽培の推進の一方で、それらを活かした薪窯パンや乳製品にも取り組んでいます。

9年前からは、育てる人・作る人・食べる人が相互理解を深めることでより良い流通と食文化を築くプロジェクト「とかち小麦ヌーヴォー」を実施。その一環として毎年開催されているのが、今回僕が参加した「初夏の小麦畑ツアー」なんですね。参加しようと思ったのは、もっと深くかつ幅広く小麦について知りたいと思ったから。北海道では小麦栽培がどのように行われているのか、それは神山とどう違うのか? 今年の夏は小麦と向き合ってみようと思ったのでした。


広大な小麦畑に圧倒される

ツアーは2泊3日、北海道農業研究センターでの小麦の育種についてのレクチャーを皮切りに、小麦生産者視察、十勝産小麦粉100%のパン作りで有名なベーカリー満寿屋商店「麦音」でのランチ、アグリシステムの製粉工房「十勝麦の風工房」と小麦蘇生倉庫の見学のほかに、生産者さんとの交流会や参加者でのワークショップなど充実の行程でした。

ツアーには日頃からアグリシステムの粉を愛用する日本各地のパン職人など約28人が参加。

訪ねた生産者は、初日が「十勝麦笑(むぎわら)の会」(小麦生産者、製粉業者、食品製造業者を中心とした小麦協議会)の会長を務める島部亨さんの島部農場。芽室町にある今や希少品種となってしまった「キタノカオリ」の畑です。
2日目は浦幌町の若手生産者、伊場満広さんと廣川一郎さん。伊場ファームでは「はるきらり」とオーガニックライ麦畑を、廣川さんの圃場では「きたほなみ」とライ麦畑を見学。環境に負荷をかけない農業を目指してオーガニックにも取り組み始めた伊場さん、土づくりに力を入れる廣川さん、若い2人の勉強熱心で意欲的な姿勢がこれからの農業のあり方を示しているように感じました。
最終日の3日目は芽室町の坂東農場。坂東俊徳さんの熱い小麦トークを聞いて、目の前の麦の穂から押し小麦をつくるワークショップも。

島部農場のキタノカオリの畑で。島部享さんから説明を受ける。

伊場ファームのはるきらりの畑で。伊場満広さんはオーガニックによるライ麦栽培にも取り組む。

土づくりから丹精して栽培に取り組む廣川一郎さん。きたほなみとライ麦畑を拝見。


3日目は、坂東農場の小麦畑の真ん中での朝食からスタート。

小麦を見ながらの朝食は、ツアーのハイライトのひとつ。

用意されたのは、薪窯で焼いたパンと新鮮なサラダ。

とにかくどこへ行っても圧倒されたのがスケールです。以前、カリフォルニアに行った時、畑が限りなく続いて地平線が見えることに息を飲みましたが、あの時の感覚がよみがえりました。
島部農場が小麦だけで16ha、伊場ファームが小麦、ライ麦、大豆、トウモロコシなど全体で35ha、廣川さんが50ha、という規模なんですよ。僕が神山でいつも目にしているのは、中山間地域特有の小さな畑が折り重なるようにして点在する景色です。広大な小麦畑を前にしばし放心状態に・・・。

このスケールを維持するには作業が効率良く進められるよう、どうしたって乾燥機やコンバインといった機器が必要になる。その体制が見事に整備されていることにも感動しました。こういったスケールで小麦栽培が成立するくらい、北海道の環境が小麦に適しているんだろうなと思うと、ふと、小さな畑でひとつかみの麦を得ることに必死な僕たちの小麦栽培との差を感じずにいられませんでした。環境の違いとはいえ、神山で小麦を栽培することは理に適っているのだろうかと、ちょっぴり複雑な気持ちに襲われたのも事実です。

見渡す限りの小麦畑に圧倒される。この生産力の上に日本のパンは成り立っているんだなと思う。

神山では考えられない規模の機器を使いこなして栽培や収穫がなされているのを実感。


小麦の品種改良に思うこと

北海道農業研究センター(農研機構)での小麦の育種のレクチャーはツアーに行く前から興味津々でした。
今回訪ねた生産者のうちの一軒、島部農場でキタノカオリの畑を見ましたが、このキタノカオリは北海道農業研究センターが開発した品種です。粉にすると黄色味を帯び、タンパク値が高いため、パンにすると膨らみが良く、味や香りにも優れているという人気の小麦。ただ、収穫期の長雨に弱い――穂発芽(収穫前の穂に付いた状態の種実が発芽する現象。発芽すると、種実内の酵素が活性化して、胚乳に蓄積されているデンプンを分解して生長エネルギーなどに消費するため、粒重が減少し、変質を起こして品質が低下する)を起こしやすい――という性質があります。梅雨のなかった北海道でも最近は「蝦夷梅雨」と呼ばれる長雨に見舞われることが増えたため、キタノカオリの栽培をあきらめる生産者・地域が多く、昨今では希少になったと聞いています。

一方、北海道農業研究センターが開発した小麦品種で、いまや主力となったのが超強力品種「ゆめちから」でしょう。日本人好みのふわふわ、もちもちのパンが作れるとあって、絶大な人気を誇ります。
ただ、実のところ、僕には疑問というか不安がありました。というのも、最近、お米の話を聞いて、気になっていたからです。近年登場している新開発のブランド米はもっちりと粘りが強く、冷めてもおいしいタイプが多いのですが、これらは低アミロース米と呼ばれる性質があるそうです。食後の血糖値が上がりやすく、糖尿病との関連が指摘されたりもしている。僕はそれを麦にあてはめて考えて不安になっていました。超強力品種ということはタンパク値が高く、つまりグルテンが多い。それって、グルテンアレルギーを引き起こしたりしないのだろうか? この質問をぶつけてみたのですが、それはまた研究分野が違うとのことでした。

ツアーの最初に北海道農業研究センターで育種についてのレクチャーを受けました。

栽培適性や食味など様々な観点から品種の開発は行われています。


農家の右腕となりオーガニック化を図る

今回の小麦畑ツアー最大の収穫はなんと言っても、アグリシステムという会社のあり方を知ったことです。これまで僕は“アグリシステム=製粉メーカー”と思い込んでいたのですが、小麦や大豆の栽培、それもバイオダイナミックによる栽培、農業指導、農産品の製造と販売、そして備蓄まで、トータルで農と食に取り組み、オーガニック化を図ろうとしている様子を目の当たりにして、感銘を受けました。

アグリシステムには、「フィルドマン」と呼ばれる職種があるそうです。契約農家を回って栽培や収穫の相談にのる“畑のコンサルタント”ですね。
やってみなければわからないのが農業。失敗すれば経済的なリスクが大きいという側面もある。農家さんの立場からすると、いつでも相談にのってくれる人がいるということは心強く、新たな取り組みにも挑戦しやすい。十勝の農家さんたちと一緒に歩んでいこうとしているアグリシステムの姿勢を感じます。

2021年、「みどりの食料システム戦略」が発表されて、有機農業の農地を2050年には全体の約25%にするとの目標が掲げられました。ようやく国として有機化を図ろうという兆しが見えてきた。フィルドマンは、有機化を図る際の助成金のアドバイスもしてくれるそうです。実際、有機に取り組む農家さんが増えていて、今年は7、8軒の農家さんがチャレンジしたとか。フィルドマンという職種、僕たち神山でも取り入れてみたいと思いましたね。


給食はオーガニック食材の出口として適している

アグリシステム代表の伊藤英拓さんが、給食への取り組みについても話してくれました。
昨年、国公立の小中学校では日本初となる、100%オーガニック給食の実現を目指す「十勝ふるさとオーガニック給食実行員会」が立ち上がったそうです。メンバーは生産者やお母さん、伊藤さんもその一人。市場調査をしたり、給食センターや教育委員会にかけあったり、地道な活動を続けてきたところ、更別村が名乗りをあげて、今年11月の「更別村ふるさと給食の日」に、村内すべての幼稚園・小学校・中学校で100%オーガニック給食が配食されることになったそうです。

伊藤さんに、なぜ、オーガニック給食を実現するための活動をするのか、聞いてみました。
「オーガニック農業は、海外依存度が高い化学肥料を使用しない地域循環型の農業です。地産地消で行なえば、生命力豊かな食材を鮮度良く届けられ、流通コストも少なくて済む。地球への環境負荷や人の身体への負荷も軽減されます。しかし現状は、流通量や買える場所がまだ少なくてインフラが整っていない。そんな中で、給食はオーガニック食材の出口として適していると言えます。店頭に並ぶと規格や認証が求められがちですが、調理して食事として提供される給食でなら形が悪くてもサイズがバラバラでも使えるから、出荷ロスが少なくて済む。農家の収入を守ることにもなります。地元の有機野菜を給食に使うという出口を作ることは、農家さんに安心してオーガニックにチャレンジしてもらう道筋になるんですね」

「十勝ふるさとオーガニック給食実行員会」のメンバーは生産者とお母さん。

8月4日には試作&試食会が開かれた。肉を使わず地元産の有機食材で作られたオーガニックカレー。

このツアーに参加して、スケールこそ違うけれど、フードハブ・プロジエクトが考えていることややっていることと共通するものを感じました。“畑とつながるパン作り”という僕たちの特徴をもっと確立させていきたいと強く思った。僕自身、まだまだ考えなきゃいけないことがたくさんあると、気付きやヒントをもらった小麦ツアーでした。



◎アグリシステム
https://www.agrisystem.co.jp/

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