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FEATURE / MOVEMENT

究極の給食パンを求めて。第1回

京大・藤原辰史先生と「社会を動かすパンの力」について語り合う

Apr 21, 2022

text by Sawako Kimijima / photographs by Jun Kozai, Food Hub Project

徳島県神山町で2016年に立ち上がった「フードハブ・プロジェクト」。「地産地食」をキーワードに掲げ、農業と食文化を次世代につなぐ取り組みに邁進中です。
神山で育て、神山で調理し、神山で食べる――この仕組みをダイレクトに循環させる場が、食堂「かま屋」、パンと食材の「かまパン&ストア」(文末に関連リンクあり)ですが、2022年4月からは神山町立小中学校の給食づくりを任され、来春には神山に開校する全寮制の「神山まるごと高専(仮称)」の食事も手掛けることになります。
期待に応えるべく、理想の給食パン像を求めて旅に出ることにしたのが、パン製造責任者の笹川大輔さん。
第1回目は、フードハブ・プロジェクト支配人の真鍋太一さんと共に、『給食の歴史』の著者・藤原辰史先生を訪ねました。


藤原 辰史(ふじはら・たつし) 京都大学人文科学研究所准教授(上写真・中)
1976年北海道生まれ、島根県育ち。専攻は現代史、環境史。「食べるもの」と「食べること」から歴史学を組み立て直すことを目指している。主な著書に『ナチス・ドイツの有機農業』(第1回日本ドイツ学会奨励賞)、『ナチスのキッチン』(第1回河合隼雄学芸賞)、『食べること考えること』、『トラクターの世界史』、『給食の歴史』(第10回辻静雄食文化賞)、『食べるとはどういうことか』、『分解の哲学』(第41回サントリー学芸賞)、『縁食論』など。

笹川 大輔(ささがわ・だいすけ) フードハブ・プロジェクト パン製造責任者(上写真・右)
1985年生まれ、東京都出身。紀ノ国屋フードセンターで腕をふるったパン職人の父を持ち、自身も18歳からパン職人の道へ。2017年、妻子と神山町に移住。農業チームと連携しながら、神山産の小麦や農作物を使ったパン作りに勤しむ。高齢者も食べやすい「超やわ食パン」など地域住民の暮らしに寄り添う姿勢を徹底する。

真鍋 太一(まなべ・たいち) フードハブ・プロジェクト共同代表・支配人(上写真・左)
1977年生まれ、愛媛県出身。広告業界での仕事を経て、2012年より「eatrip」野村友里さんたちと「ノマディック・キッチン」を始動。2014年、妻子と神山町に移住。2015年度の神山町の地方創生ワーキンググループで白桃薫さん(現共同代表・農業長)と出会い、フードハブ・プロジェクトの立ち上げに至る。農業を土台に、「食べる」を真ん中に、地域づくりを模索する日々。Web料理通信で「“小さな食料政策”進行中」を連載。


給食のパンが背負った矛盾。

笹川 僕が焼いたパンをお持ちしました。

藤原 うわっ、うれしいなぁ、とてもおいしそうです。

笹川 フードハブ・プロジェクトでは、地元で70年以上受け継がれてきた在来小麦を栽培して、パンを焼いています。2016年には10アールだった栽培面積が2021年は50アールまで広がり、収穫量も1トンを超えました。全部のパンを神山産小麦でまかなうのはむずかしい。でも、小麦栽培は農地を守る手段でもあります。地元の高校生には授業で栽培とパン作りを体験してもらっています。

真鍋 私たちは、保育所、小・中学校、高校などで食や農に関するプログラムを実施していますが、それを発展させたくて、今春、NPO法人「まちの食農教育」を立ち上げました。給食と食農教育は共鳴し合う。給食や食農教育に取り組んでいくにあたって、今回、どうしても藤原先生の話をお聞きしたかったんです。

笹川さんから「かまパン」のスペシャリテ「いつもの食パン」が、真鍋さんからはレシピ集『神山の味』が藤原先生に手渡された。

地元の高校で神山産小麦を使ったパンの実習。小麦栽培をしている生徒たちが、次のステップとしてパン作りに挑戦。

生徒たちが自ら焼いた発酵パンと無発酵パン。地元産の野菜で作ったポトフと共に。

笹川 パンの視点から給食を見ると、どんな歴史を辿っているのでしょうか?

藤原 当初、パンは給食の主役ではありませんでした。日本初の給食は1889年の山形県鶴岡市における米と味噌汁とたくあん、つまり土地に根差した食べ物でした。1919年、栄養学者・佐伯匡の進言によって東京府でパンと牛乳の給食がスタートします。が、それは例外中の例外。当時の基本はあくまで米と味噌汁です。
戦後、パンと牛乳が中心になっていくのは、第二次世界大戦が飢えの戦争だったことが一つの要因と言えます。日本陸軍の半分は飢え死というのがあの戦争の実態であり、GHQは日本の飢えを看過できなかった。彼らが最初に考えたのは米と味噌汁の給食でした。でも、米がない。男性が出征していたり、戦死したりして、農村の労働力がそもそも貧弱だった。加えて1945年は不作。そこで、アメリカの支援団体が余剰の小麦粉と脱脂粉乳を送ってくれたのが、パンとミルク給食の始まりです。

詳しくは『給食の歴史』(岩波書店)をお読みください。2019年、第10回辻静雄食文化賞を受賞。

問題は、アメリカの占領が終わって自前で学校給食を担うことになって以降、しばらく米飯給食に転換せず、パンと牛乳のセットを継続したこと、しかも、海外から小麦を輸入し続ける道を選んだことでしょう。
日本には小麦生産力があったんですよ。たとえば「緑の革命」(1940~60年代、品種改良や化学肥料の導入によって、世界的に穀物の生産性が向上した)の原動力となった小麦品種の原型は、岩手県の農事試験場で稲塚権次郎が生み落とした「小麦農林10号」です。しかし、1960年以降、国策として米中心の農業へと進む。いわゆる「小麦の安楽死」と呼ばれる状況ですね。他方で、消費者の米の消費量は下がり、食は主食中心から副食を豊かにするように変容していく。そして学校給食は外麦に頼り続ける。この矛盾の中に学校給食はありました。矛盾は今も終わっていないと僕は思っていて、日本で生産できる農作物を軽視したまま給食の文化が発展してしまった。
転換点が訪れるのが1980年代に本格化する米飯給食の導入でしょう。そして、2000年代に入ると、食育基本法が制定されて、地元の食べ物へと意識が向き始めます。矛盾が少しずつ解消されながら現在に至るわけです。


給食のパンで社会を変える!?

藤原 結論を言えば、地元で採れる食材で作る給食が一番だと僕は思っています。米の産地であれば米中心、小麦が採れるなら小麦でパンを作ればいい。海外から石油をたくさん使って輸送しなくても食べられるほうが合理的だし、環境にも負担が少ない。各地で事例は増えていて、たとえば、愛媛県今治市では2005年度から全調理場で今治産小麦を使ったパンを提供し始め、現在、学校給食のパンの今治産小麦比率が9割を超えているそうです。

真鍋 小麦の生産の話で言うと、今、私たちは徐々に田んぼを畑に変えていっているという現実があります。米を育てても赤字なんですね。小麦畑に変えた田んぼもあります。でも、農地を貸してくださる農家さんたちは、田んぼを畑に変えるのって胸が痛むみたいで。

藤原 わかります、その痛み。僕は島根県の米農家の出身ですから。

真鍋 じゃ、農地を守るために、我々はどうすべきなのか、悩みますね。自給率の観点から言えば、全国の給食のパンを国産小麦にするという方法はありじゃないかと思うのですが。

藤原 環境的には、水利施設込みの水田という既存の農業システムを利用して米を作るほうがいいでしょうね。ただ、農村の家計調査は面白い結果を示しています。地方の山間部では大手の製パンメーカーのパンを買っている家も多い。だったら、地元の人が一念発起してパン屋を開き、耕作放棄地で小麦を育ててパンを作ってもよいかもしれない。それが全国的に増えたら、自給率は上がるんじゃないか、という話を聞いたことがあります。

笹川 国産小麦を使うパン屋は増えていますね。大手メーカーが使うケースもあるし、街場のパン屋が使うケースもある。後者の場合、どんな品種がよいのか、製パン性や味の観点から探求したり、「新麦コレクション」のような、小麦農家とパン屋と消費者が一緒に国産小麦を推進する活動もあります。

フードハブ・プロジェクトの小麦栽培は、初年度150kgだった在来小麦の収穫量が、2021年には1,105kgまで増えた。

神山産小麦を石臼で自家製粉して20%配合した「神山カンパーニュ」。

真鍋 フードハブ・プロジェクトの仲間に、米国・カリフォルニアのレストラン「シェ・パニース」で総料理長を務めた後に日本に移住したジェローム・ワーグという料理人がいます。彼は「Food is Politics(食は政治)」を米国でやってきて、私に「Be political!」と言う(笑)。

藤原 「Food is Politics」はその通りで、僕もそう思ってますよ。

真鍋 少し政治的な話になるのですが、私たちが活動を進める上でのバイブルのひとつに、生活改善グループの主婦たちが制作した『神山の味』(神山の家庭で受け継がれてきた料理のレシピ集。昭和53年発行)があります。生活改善運動の根源って、GHQですよね。農村の女性に注目して、「母ちゃん9時運動」を仕掛けて女性の労働実態の改善を図ったり、日本のダイエットも変えていった。GHQは食を使って日本を民主化したと言える側面がある。その方法論が使えるんじゃないかと思って、勉強しているんですけど、先生の『ナチスのキッチン』からも同様なことが読み取れますね。プロパガンダ的で、闇の部分ではありますが・・・。

藤原 注意しなければいけないのは、GHQとナチスの共通点は中央集権だという点です。真鍋さんや笹川さんたちが世界を変えるとしたら、徳島を首都にするのではなくて、徳島で完結して、その型のようなものが全国で似ている試みと出会い化学反応を起こし、それが広がり、連帯ができていく。モデルの一つになることですね。

真鍋 自立分散型ですね。以前、「WIRED」のウェビナーで先生が著書の『分解の哲学』をベースに話されていた時、食とは本来、微生物みたいに小規模な人々がわらわらと集まるにぎわいの領域だとおっしゃられていて、その言葉に感銘を受けました。じゃ、自立分散型でいこうっていう時、神山モデルを横展開するのではなくて、同じようなものがあちこちで勝手に立ち上がっていくのが理想なんじゃないかと思っています。

藤原 給食は社会を変えていく装置として機能する可能性が大いにありますし、現にフランスの給食は地域おこしとエコロジーと教育がセットになっているところがあります。給食を地球規模で考える時、最大のミッションは石油依存型農業からの脱却でしょう。化学肥料、農薬、トラクターは石油なしにはできない。日本の場合、石油は海外への依存であり、タンカーへの依存でもある。タンカーは海洋汚染の原因にもなり、そもそも化石燃料を掘ること自体がCO2を排出するわけで、しかも今みたいなウクライナ危機のような紛争が起これば、原油価格がすぐに上昇するという不安定なもの。なのに、日本は石油漬けの農業に邁進してきたわけです。

脱却するには、輸送コストのかからない地元食材でまかなう給食や、化学肥料を使わない農業ができるんだよということを示す必要がある。給食にはある意味、強制力があって、だから、社会を変える装置になり得るわけですが、北米や豪州から運ぶ小麦より地域の小麦で作るパン、農薬や化学肥料に頼らない小麦のパンの方が価値が高いってことを給食で示す、そういう強制力なら意味を持ちますよね。

復刻版『神山の味』を藤原先生に見せながら解説する。

昭和53年発行の原本を全頁スキャンして印刷・製本。編集委員の一人から「残してくれてうれしい」と言葉をかけられたという。


給食のスタイルに多様性を。

笹川 朝日新聞デジタルで俳優の松重豊さんと対談されていましたが、“「孤独のグルメ」は孤食じゃなくて独食”という話に共感しました。以前、アーユルヴェーダのカウンセリングを受けた時、「誰ともしゃべらず、一人でゆっくり食べてみてください。毎日じゃなくていい。気が向いた時に一人で食事と向き合って食べてみてください」と言われたんですね。やってみると、食材とか、味とか、自分の体調とか気付きが多い。

藤原 みんなとコミュニケーション豊かに食べることが今の子供にはシンドイ部分もありますね。給食も毎日クラスで机を並べて食べなくていい。校庭で食べてもいいし、今日は黙食です、ひたすら給食と向き合ってくださいでもいい。食べることの機能を一元化しないほうがいいですね。僕は、給食の醍醐味のひとつは、食べられない子のものをもらって食べることだと思うんですよ。この子はピーマンが嫌い、じゃ、私が代わりに食べる。これも共食の一種だと思います。給食ジャンケン、残った食べ物をみんなで奪い合うあれって、世界遺産だと思う。総体でいただきましょうという考え方です。
「食べ切るまで残りなさい」というのは自己責任論ですよね。分配されたものは責任をもって食べ切りなさい、横にずらすことを許さず、縦に引き受ける。それは辛くなる。僕の理想は、4時限目が毎日家庭科で、自分たちでも給食の一部を作るんです。作るところから参加すれば、それで共食。ピーマン嫌いだけど、調理に参加して、人が食べてくれたら、それでオーライ。ここにあるすべてをクリアしなさいというテスト的な給食より、よほど人間関係が豊かになると思う。

笹川 『給食の歴史』で紹介されている「ファミリー給食*」のように、給食では食事のスタイルもいろんな試みができるのではないかと思っています。僕は、「パンの日」を設けて、その日はカンパーニュのような大きなパンをみんなで切り分けて食べるといった取り組みをしたい。カンパーニュの語源はカンパニオ、「パンを分け合う人々」とか「仲間」を意味するそうです。畑とパンが結び付く効果が大きいように、食べ方とパンの形を結び付ける中での可能性もあるんじゃないかって思います

*学年を超えてテーブルを囲み、上級生が父親・母親役となって下級生の面倒をみながら一緒に食べるスタイル。「食べることを核にして、学校全体の人間的つながりを深めていこう」との狙いがある。

藤原先生の研究室で。本棚に圧倒されつつ語り合う。



◎フードハブ・プロジェクト
http://foodhub.co.jp/

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