世界のスーパーマーケット最前線――4
必要な量だけロスなく買える。「量り売り」の食材店がマドリードで増加中!
2018.02.22
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text&photographs by Yuki Kobayashi
ここ数年、マドリードでは「量り売り」の店がじわじわと増えてきている。
青果市場が観光客向けのフードコートに変貌するなど、昔ながらの量り売りはこの10年でほぼ見なくなり、パックされた商品を近所のスーパーや郊外大型店でまとめ買いするのが日常化していた。なのに、なぜ、今「量り売り」が復活するのか?
オープン早々から話題を集めてきた2軒の食材店を取材した。
食材好きが高じて開いた店が4年で7店舗に。
「Pepita & Grano(ペピータ&グラノ)」
「ペピータ&グラノ(種と穀物の意味)」のあるチャンベリ地区は、マドリードの旧市街北側に位置する。住居ビルとオフィスや店舗ビルが混在する地区だ。間口の小さな個人商店が多く、グローバルな大型店は少ない。落ち着いた生活感に溢れている。
オーナーのクリスティーナ•サンチェスは、スペイン国内でもとびきりのユーモアセンスで知られるカディス(スペイン南端、アンダルシア州の都市)出身。店に入るだけで、彼女の弾けるような笑顔とおしゃべりに思わず気分が盛り上がる。
OLだったクリスティーナが、アルゼンチン出身の建築家グスタボ•モレッタに出会ったのは5年前。「食材を見るのも買うのも料理するのも好き」な2人は恋に落ち、一緒に行ったバルセロナ旅行でこの店の着想を得た。バルセロナ旧市街で昔ながらの小さな量り売りの店を見つけて、「こんな店をやってみたい」とマドリードに帰るなり模索し始めたという。そうして、翌年の2014年11月、開店に漕ぎ着けた。
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クリスティーナとグスタボ。2人の仲睦まじさも店のチャームポイントだ。ランチ時は店を閉めて、一緒に食事する。
まず、2人がこだわったのは立地である。「自宅から近い場所」という贅沢な希望が、店を営む上で欠かせない条件だった。初めて店を持つ2人は、なるべくそれまでの生活スタイルを崩さずに、自分たち自身が心豊かに暮らしながら余裕をもって運営できる店であろうとしたのである。
立地を優先させたため、結果的に決して安くない物件を選ぶことになった。が、グスタボが建築家ということもあり、店内の家具をすべて手作りするなどして開店費用を抑えたという。
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3車線ある通りに面した店舗は、間口は狭いが奥行きがある。ショーウィンドーがないので、「何の店?」と中を覗き込む歩行者も多い。
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店の入口付近に人気商品の穀物を中心に並べ、奥にはチョコレートやドライフルーツの棚が続く。棚の高さも自分で取るのにちょうどいい。
「品揃えは随分悩んだ」と言う。
地元産やオーガニックの食材を揃えることは重要だ。しかし、近所にオーガニック専門スーパーがあったため、オーガニックのみを謳っていては、その店と競合してしまうのが明白だった。
そこで、穀物は高品質なスペイン国内産にこだわりつつ、パスタはイタリアやフランスから、エキゾチックな食材は東南アジアや南米からと、多様性に重点を置いて取り寄せることにした。
それは周辺住民の人口分布を調べた結果でもある。この地区には長年住んでいる高齢者もいれば、若いカップルもいて、近くに学校もある。親子の往来も多い。客層を絞ってしまってはもったいない、とクリスティーナとグスタフは考えたのだった。
種類を増やす一方で、鮮度の維持に工夫をこらして。
ずらりと並んだ穀物、豆、粉、パスタ、ドライフルーツ、香辛料……どんな客も最初の来店では商品数に圧倒されて、選ぶのに迷ってしまうらしい。そんな時、 クリスティーナやグスタボが上手にリードする。仕入れる商品は必ず自宅で試してレシピも開発しているから、説得力が違う。
180種でスタートした商品アイテムは、今や常時700種を数えるまでになった。鮮度が落ちては元も子もないから、日々、状態を確認しては必要に応じて入れ替える作業が大変だが、そこは2人のこだわる部分でもある。量り売りゆえの衛生管理や品質管理に関しては試行錯誤を続けているところだ。ナチュラルであえて無作為な雰囲気を大事にしたいので、大きな麻袋やパレットを使うが、商品の劣化を防ぐべく、麻袋の中に小袋を仕込み、どの商品も店に並べるのは数キロ単位に抑える。粉類には透明プラスチックの蓋を付けた。
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冬場はレンズ豆がよく売れる。普通のスーパーなどでは1kgパック単位で売られるが、ここでは少量ずついろいろな種類を試せるのがうれしい。

フランス、イタリアから取り寄せているパスタは、赤いレンズ豆製パスタやスピルリナ(藍藻)入りパスタなどめずらしいラインナップ。

こうした店を利用する客は既製の菓子などを好まず、ドライフルーツがおやつ代わり。ナッツ類も豊富に揃える。
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スペインでも自家製パンを作る人が増えてきた。グルテンフリー食品へのニーズの高まりもあって、小麦以外の粉類の売り上げも好調。

pH値を整えてくれるというトリゴ•ベルデ(小麦) 、消化や血流を良くしてエネルギーを与えてくれるというアサイーなど、スーパーフードも揃う。
お客さんには、初めての購入時に布袋を無料で提供。次回からその袋を持ってくればいいように計らった。量り売りは1人暮らしや2人暮らしの強い味方であると同時に、週末になると自宅からいくつものガラス瓶を持って車で乗り付けて買いだめしていく客もいるという。容器持参の客には値段を1割引というのも魅力的なサービスだ。

客自ら、店内数カ所に置いてある紙袋を取って、購入したい商品をスコップで入れる。その作業が楽しくて、ついつい買い過ぎてしまう。
「ペピータ&グラノ」では、買い物時に会話が生まれる。2、3人が居合わせれば、それぞれが健康法を教え合い、自慢のレシピを聞くことも日常茶飯事だ。昔の駄菓子屋のようにドライフルーツやチョコレートを揃えるから、学校帰りの親子が1日のご褒美のようにおやつを少しずつ買っていく光景もよく見受けられる。
マドリードの人々の生活にすっかり根を張り、今では市内に3店舗、他にレオン、バレンシア、サンセバスチャンにも店ができた。なんと、フィレンツェにも。「ペピータ&グラノ」を自分でもやってみたいと思った人たちが自ら出資し、2人は看板とノウハウを提供する契約で、フランチャイズほど形式化させていない。自分たちが店を開いた時の思いを失いたくないから、どの店も「商売熱」ではなく「食材熱」の高い人物にやってもらっているという。
店を営んだ経験のない2人が開店4年で大きな成長を遂げたのは、「量り売り」の中に都市における新しい生活ニーズが隠れているから。そんな気がしてならない。
“健康”を考え抜いてたどり着いた、“薬より食”を支える店。
「El Granel de Corredera エル・グラネル・デ・コレデラ」
「エル・グラネル・デ・コレデラ(コレデラ通りの量り売り店の意味)」のあるマラサーニャ地区は、今、マドリードで最も魅力的な場所のひとつだ。再開発で生き返ったエリアだが、商業主義に走りすぎず、モード面では他地区より抜きん出た個性が輝く。ヒッピー的、アウトロー的であり、アーティスティックでもある。最近は観光客も多く見られるようになってきた。
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店が位置する通りは20~30代の若者の往来が多い。スペースが限られている一人暮らしの台所にも量り売りはうれしい。
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自然感を意識したディスプレイ。それぞれの袋を覗いて歩くだけでも楽しい。地下が倉庫になっていて、随時新鮮な商品を足している。
オーナーのラモン・デ・イササは経済学を修め、薬品会社に長く務めた人物である。「薬を扱っていて、健康について考え抜いたら、この店を開くことになった」と笑う。共同経営者のコロンビア人女性ダナ•ロドリゲスは自然療法に詳しく、そもそもコロンビアでは量り売りが当たり前ということもあって、「店のスタイルに疑いはなかったが、立地はかなり検討した」と言う。
価格が高くなりがちなオーガニックメインの品揃えを優先させるため、健康志向が強く所得的にも恵まれた住民が多いとの理由からマラサーニャ地区を選び、2016年末にオープン。観光客が増える日曜日も店を開け、週末は市内の野外市場に精力的に参加して、知名度を上げてきた。
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オーナー2人とアルバイト1人で店を切り盛りする。昼休みは店を閉めてきちんと休むから、週末も頑張れる。
穀物、粉、ドライフルーツ、香辛料、チョコレート、塩など、常時約400種を扱う。ベジタリアンや健康志向の強い人々は朝食にシリアルやムスリ(スペイン版グラノーラ)を好むので、シリアルコーナーを設置。粉は、オーガニックの小麦粉やそば粉、トウモロコシ粉をはじめ、今ではあまり作られなくなってしまったガチャ(貧しかった時代の素朴な郷土料理。具材を豆粉と共に煮込む)を作るためのアルモルタ粉(ガラス豆の粉)や、カナリア諸島で日常的に摂取されているがイベリア半島内ではめずらしいゴフィオ(小麦やトウモロコシ粉を軽くトーストした粉)など、幅広く細やかな品揃えだ。
マドリード近郊の田舎に土地を持ち、畑作業も好きというラモンの素材を見る目は確か。スペイン料理の定番食材であるヒヨコ豆やレンズ豆は国内産が好まれるので、レオン州やアンダルシア州などから取り寄せている。オレガノやシナモンにも旬があることを思い出させてくれるくらい、季節ごとに強烈な香りのハーブも届く。
「悩みの種は仲介業者がそれぞれ違うこと。まとめて数社から買い付ければ作業はラクになりますが、品質にこだわっていると、それぞれの専門から仕入れることになる。注文作業が煩雑を極めますが、譲れないですね」とラモン。
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商品に時々付けられている青い紙はレシピ。パスタの茹で時間などの情報も入れる。緑のパスタはスピルリナ(藍藻)入り。
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レンズ豆と並んで冬の定番であるヒヨコ豆も需要が高い。店ではフェアトレードの商品も優先的に仕入れている。
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オーガニック志向を保ちつつ、スイーツの棚は遊び心を十分に。チョココーティングされたアーモンドはわさび風味。
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ハーブ類は料理に入れたり、ハーブティーを自分でブレンドしてみるのもいい。この地区ではエスニック料理を自宅で作る人も多いという。
地域住民の食材庫。ツケ払いのお馴染み客も。
マラサーニャ地区は、シェア物件や民泊の宿が多いエリアだ。それらを利用する独身者や滞在型外国人観光客にとって“多種類を少量ずつ”が許される量り売りスタイルは、いろんな食材をロスなく楽しめて実用的。“地域住民の食材庫”の役割を果たしていると言えるだろう。「客の半分以上がリピーター」というが、なるほど、取材中に入って来た女性客は、支払いの際に「あぁ!5ユーロ足りないわ、ちょっとツケておいてくれる?」と出て行った。毎日のように利用している客と店主の信頼関係を垣間見る一場面だった。
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スーパーフーズを習慣的に摂取する人が増えてきた。黒板でそれぞれの効用と調理時間などの情報を提供。
スペインでも流行りのキヌアやテフなどのスーパーフードを求めて、ネットで検索して店を訪ねる客も少なくない。テレビや雑誌で取り上げられるスーパーフードの穀物類はどこでも手に入るわけではないから、最初はものめずらしさからやってきてリピーターになる客も多いという。新しい食材を手始めに少しだけ試せるのは量り売りならでは。食材のグローバル化(注目を集めるスーパーフードには、これまで流通してこなかった地域の見知らぬ食材も多い)が進む昨今、食意識の高い客にとって魅力的なスタイルと言える。
「ネット販売も検討中しているけれど、少しずつ進みたいね」とラモン。健康について考え抜いてたどり着いた“薬より食”を実践するこの店、大きな可能性を秘めているように思う。
◎Pepita & Grano
C/ Santa Engracia, 77, 28010, Madrid
☎+34- 810-52-56 01
月~金10:00~14:00、17:00~翌2:30
土10:00~14:00、18:00~21:00
日曜休
http://pepitaygrano.com/
◎El Granel de Corredera
C/Corrderera Baja de San Pablo,33, 28004 Madrid
☎+34-91-041-1326
月~金10:00~14:00、17:00~21:00
土11:00~14:00、17:00~21:30
日11:00~14:30、17:00~20:30
無休
http://www.elgraneldecorredera.com/