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FEATURE / MOVEMENT

未来のレストランへ 05

自分の身を守り、クラスターを起こさない。

東京・東中野「ビスポーク」 野々下レイさん

2020.09.10

text by Noriko Horikoshi / photographs by Atsushi Kondo

連載:未来のレストランへ

コロナ禍で、「自粛」に伴う経済的打撃をもろに受けた飲食業界。
それぞれの店がその時に何をすべきかを悩み、考え、店を守るための対応策を講じました。
未曾有の出来事は私たちの生活を一変させましたが、飲食店で食事をする価値を再認識する機会にもなりました。飲食店の灯を絶やしてはならないと応援する動きが全国各地で起こりました。
自粛要請が解除され、飲食店の営業が再開されると、以前とは異なるスタイルに変化した店が少なくありません。先行き不透明な状況の中を生きていくために、これまでのあり方からの変革を余儀なくされているのです。
飲食店がこの経験から学び得たことは、「次の波」や他の災害といった将来に起こりうる危機的状況に対応する力になるはずです。
甚大な打撃を受けても起き上がる底力、レジリエンスを備え、ニューノーマル時代を切り拓く、飲食店の取り組みを紹介します。


レストランは体験をシェアできる場所

常連客でにぎわう3月下旬のある晩、「ビスポーク」の野々下レイさんは、突然怖くなった。 「ここがクラスターになったらどうしよう?」。対面で接客し、席の間隔も狭く、「三密」になりやすいからだ。「小さくて強い店」ができるwith コロナの店作りとは?


野々下レイさん
英国スタイルのガストロパブ「ビスポーク」のオーナーシェフ。本誌の「自家製」特集では、4号連続で表紙の料理を担当。気さくで飾らない人柄と、キレのよいトークに魅せられて通いつめるファンも多数。



6月11日、「ビスポーク」は営業を再開した。自粛休業に入った3月27日以来、実に2カ月半ぶりのリスタートである。始動後の某夜、店を訪ねると、変わらずにカウンターの向こうできびきびと立ち働く野々下さんの姿があった。「レイさん」の呼び名で慕われる、いつもどおりの人懐こい笑顔。その表情を、透明のフェイスシールドが覆っている。

カウンター席は最大10席から6席に減らし、卓上にはアクリルのパーテーションを設置。グループ客同士でも衝立を挟んで並び、料理のシェアは原則としてお断り。1人1品を食べきれるよう、ポーションを少なくする〝小盛り化〞の試みも始めた。そのぶん値段を下げ、貧相に見えない盛り付けを工夫し、と慣れない手探りが続く。個人店としては異例ともいえるソーシャルディスタンスの徹底ぶりだが、当面は続けていく予定という。

「できるかぎり最強の感染対策ってなんだろう。考えて、考えて、考え抜いたら、この形になりました」と野々下さん。「もっとスリム化しても、いいのかもしれないけれど。アラート解除でも感染のリスクがなくなるわけではなく、人間は楽なほうに流れやすいから。完全ワンオペ、対面オンリーの飲食店としては、やりすぎに見えるくらいでちょうどいいのかな、と思っています」

換気の徹底に加え、衝立とフェイスシールドで感染防止対策を万全に。透明なせいか、意外なほど違和感がない。

シェアなしが原則(同居人の家族やカップルはOK)に。フィッシュ・アンド・チップスにもハーフ盛りが登場。

自家製スモークサーモンのサラダも復活。感染予防のため、カトラリー類はセッティング方式に切り換えた。


テイクアウトなしの完全休業へ


自粛休業宣言は突然だった。定休日の朝、久しぶりにテレビのニュースをつけたら、ガランとした渋谷の街が映っている。いつの間に、そんな深刻なことに? 店は昨晩も、立ち飲みが出るほど賑やかだったのに。その瞬間、急に恐怖が襲ってきた。
「『ビスポーク』のお客さんは、人情に厚い人ばかり。遠い地方から、わざわざ足を運んでくださる長年のファンも、たくさんいます。ここ数週間は、ピンチの時こそ応援しようと来てくれていた人が、たぶんたくさんいたんだな、と気がついて」

だとしたら、店を開けている限り、お客は来てくれようとしてしまうだろう。近所からだけでなく、遠く名古屋や大阪からも電車や飛行機に乗って。大切な人たちが、そして自分が、知らずに感染し合うようなことがあってはならない。営業を止めよう。今すぐに。そう思い決めたのが、3月の最終水曜日。2日後の金曜日には、スパッと店を閉めてしまった。時短営業、テイクアウト、デリバリー。続けるための選択肢もあったはずだが、「1ミリもやろうと思わなかった」と苦笑する。「1分1秒でも感染リスクはあるし、『ケーキもパンも買いに行ってあげなくちゃ』となったら、それこそ店を閉めてる意味がないじゃない?」

再開予定は、いつか事態が落ち着いたとき。野々下さん曰く「言ってみれば無職」のホームステイ生活が、無期限で続くことになる。不安はなかったのだろうか?
「もちろん、心配はゼロじゃないです。でも、これまでにも骨折や入院で店に立てない時期を経験していたので、パニックにはならなかった。休んでいても元気で動けるだけ、ずっとマシだもの。1人でやってきてよかった、とも思いましたね。テイクアウトはスルーして、売上げより命を優先できたのは、背負うものが少なかったからこそ。人を雇っていたら違っていたかもしれません」

家賃や光熱費など固定費のことは、はなから諦めていた。というより、意に介さなかったというのが正しい。
「そんなことより、1人もコロナにかからないよう、とにかく安全第一で乗り切ることに集中しようと。再び店が開くとき、健康でさえいれば、お金なんてすぐに取り戻せる。過去の経験から、それははっきりわかっていました」


ライブ配信に全力を注ぐ


コロナ自粛中は、新しいミッションが朝の習慣に加わった。動画配信サービス“ツイキャス”を使ったライブ配信である。
「おはようございま~す」

朝8時、自撮り棒にセッティングしたスマートフォンを前に、日課のライブがスタート。カメラの向こうの視聴者は、常連客や野々下さんのレシピ本を愛読するファンが中心だ。
内容は、ガストロパブの店主にふさわしく料理紹介がメイン。ただし、単にレシピを伝えるだけのコンテンツにあらず。日々の状況報告あり、ニュース解説あり、時には時事放談から人生相談までをも交えたフリートークが炸裂。視聴者のコメントに応えつつ、料理を作り、食べては話し続ける野々下さん自身も、水を得た魚のように楽しそうだ。


自撮り棒を使ってのライブ配信風景。2年前から使い慣らしている経験が功を奏した。

「ライブ配信歴は2年。当初は店の厨房から仕込み風景を見てもらおうと始めたことでした。自粛中に自宅からの配信を続けることにしたのは、まず『元気だよ。だから、あなたたちにもうつしてないよ』と伝えるため。そして、忘れられないようにするため。ライブを見ているお客さんには、自分に会うのを楽しみに店に戻ってきてほしかったから」

料理のデモにも、工夫と深化の跡が見える。材料は、密の少ない近場のコンビニや小さなスーパーで買えるもの限定で。残っても友達と分け合うことは叶わないから、分量を個食サイズに調整して。毎食の家ごはんは飽きるけれど、おいしいものを、簡単に作って元気を出そうよ!というエールを込めたつもりだ。コロナ前は2ケタ平均だった視聴者の数は増え続け、400人を超える日も珍しくなくなった。

「『配信のおかげで鬱にならなくてすんだ』という感謝のメールも、たくさんもらってうれしかった。でも、本当に救われたのは自分だったのかも。店には立てなくても、ライブを続けることで、ビスポークの主人であり、料理人でいることができたから。味がいいとか悪いとかだけで、人はレストランを選ぶのではない。誰かと体験をシェアできる実感が必要なんだという確信を、深める時間にもなりました」

店名の「ビスポーク」は、スーツの仕立てに使われるイギリス英語で、〝話しながら(bespoke)〞、つまりオーダーメイドの意味を持つ。たとえ透明の板に遮られてはいても、話しながら、笑いながら、向き合う相手と喜びを共有することはできる。そして、話しながら、時間をかけて、満足と予防の折り合いをつけていけばいい。野々下さんは、そう思っている。









◎ Bespoque
東京都中野区東中野1-55-5
☎ 03-5386-0172
18:00~23:00
日、水曜休
JR、都営線東中野駅より徒歩1分
https://twitter.com/bespoque





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