未来のレストランへ 15
食材店を持ち、地に足を着けてレストランを営む
東京・表参道「イートリップ・ソイル」 野村友里さん
2021.02.15
text by Kei Sasaki / photographs by Hide Urabe
連載:未来のレストランへ
2020年4月の緊急事態宣言以降、テイクアウトや通販、レシピ配信などレストランという限られた場所でしか共有できなかったものが、より多くの人の元へ届くようになりました。
窮地に立ったことで生み出された新しい役割をきっかけに飲食店は、次の時代に必要とされる店の在り方を模索して、本格的に生まれ変わろうとしています。その姿は、播かれた種が、懸命に芽を出そうとしている姿に重なります。
未来のレストランはどんな姿をしているのか?
ひと足早く芽を出しつつある5店の事例をお届けします。
レストランがつなげた食材への道筋を「常設化」するのが食材店。生産者と消費者をつなぐ場を都市の日常に作り、より幅広い層に愛される店に成長しつつあります。
ゴーストタウンと化した都心の一等地に小さな光。
緊急事態宣言による外出自粛期間中、ゴーストタウンと化した都心の一等地で、周囲をか細く照らす小さな光を見た。2020年1月、リニューアルオープンしたばかりの商業施設の4階にある野村友里さんの食材店「イートリップ・ソイル」。全館休業という苦渋の決断に踏み切ったビルオーナーに掛け合い、日数を減らし、時間を短縮しての営業を許可してもらったのだ。
「だって、食材店は都市のライフラインだから。扉は、常に開けておきたくて」
野村さんがレストラン「イートリップ」を開いたのは2012年。東日本大震災で、都市の食の脆弱さをまざまざと思い知ったことが強い動機になった。食を通じて、社会のあり方を変えたい。原宿に構えた店を拠点に、産地を巡り、生産者と料理人、食べ手のネットワークを築いてきた。今、食材店を持つという決断は、そうした「イートリップ」での8年と地続きだったという。
「どれだけ素晴らしい生産者の方々に出会っても、1軒の店ではパイプは太くならない。消費のパイを増やさなければ」
日本のあちこちに土地に根付く素晴らしい調味料や加工品があり、志高い生産者の多くが、旬の恵みを、より広く多くの人に届けようと、新たにその製造に乗り出すのを目の当たりにしてきた。個人経営で利益率の低い物販を地価の高い都心でやる。周囲には「できるわけがない」と猛反対されたが、それでも決意は揺るがなかった。
「矛盾することを言うようだけれど、物販をやりたいから店を持ったわけじゃない。単にモノを売るだけの場にするつもりは初めからなかったので」
コロナ禍を機に、経営を多角化するために物販を始めた飲食店経営者は多かったが、野村さんが新店の開業に向けて動き始めたのはその少し前。東京オリンピックに向け、加速度的に進む画一的な都市開発へのアンチテーゼでもあった。かつて流行発信地であった表参道から、次の時代に生きる価値を発信することができたなら。その店が奇しくもパンデミックを予見するかのようなタイミングで開業し、結果「イートリップ」というブランドを守り、強くする支柱の役割を果たすことになった。
よろず屋のようにいつでも行けて世間話ができる店に。
食材店の一番の目的は、プロダクトの先にある産地の環境や作り手の生き方、暮らしを伝える場になること。揺るぎない基準で選ばれた商品は、醤油や味噌、味醂、酢などの伝統発酵調味料、昆布やかつお節、穀類に麺類、パン、乳製品、ハムやソーセージなどの食肉加工品にワイン、焼き菓子と多岐に渡る。器や暮らしの道具もある。昔、どの町にもあったよろず屋のように。
野村さんは毎日店に立ってゲストを迎え、ベランダの小さな農園に水を撒いて草をむしる。ものの背景を、産地のあり様を伝える場所にするためには、せめて土と空がないと。強い想いから作り上げた、都市の天空に浮かぶ農園だ。時間があればお茶を淹れてゲストと世間話をする。先行きへの不安を共有し、天気の話でふさぎがちな心をなぐさめ合い、最後はおいしいものの話で盛り上がる。
「どれも親戚のように大事な生産者のものなので。仕事への情熱はもちろんのこと、家族構成から話し方のクセまで知っている人たちが丹精込めて作ったものを、直接ご紹介できるのがうれしくて」
食を通じて、都市の日常に産地の情景を生み出す。
たとえ市場価格より100円、200円高いものでも、価格差を上回る〝何か〞を与えてくれる。食材や調味料一つで、日常の行動が変わり、違う景色が見える。作りたかったのはプロダクトを通じ、立場や距離を超えて、価値観で結び付く人と人とのつながりだ。
開業直後のコロナ禍は、経営的には大打撃だったけれど「都市に暮らす人の行動、思考を、食から変えていきたい」と考える店にとっては、追い風にもなった。在宅勤務で時間ができたのを機に、初めてだしを取ろうと思い立った男性。家族の健康のため、食を見直そうとする女性。誰もがこれまでになく「変わろう」と考える時期だったから。
6月にレストランの営業を再開すると、常連に混じり、食材店の利用客が初めて訪れることも。同時に「ソイル」では月1回、豊洲市場の仲卸を招いたフィッシュマーケットを開始。回を重ねるごとに、ファンを増やしている。レストランと食材店が補完し合い、産地と都市を結ぶ。食を通じ、都市に産地の情景を生み出す。野村さんが長年思い描いていた未来の食の在り方が、少し前倒しで現実になりつつある。
*本記事は雑誌『料理通信』2021年1月号 第2特集「未来のレストランへ vol.4」より抜粋してお届けしています。
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