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FEATURE / MOVEMENT

未来のレストランへ 09

自分の舌と足で見つけた食材を、食べ手へつなぐ

パリ「エチュード」 山岸啓介さん

2020.11.24

text by Sakurako Uozumi / photographs by Shiro Muramatsu

連載:未来のレストランへ

ウイルス、自然災害、経済の停滞……、
どんな苦境に面しても、立ち止まらず歩みを止めず、前に進む力はどこから湧き出るのか。
コロナを経てもなおも逞しく歩みを進める5軒の「これまで」と「これから」を紹介します。


透明性を維持できる、半径100キロ圏内の生産者

コロナを経て「最悪のことが起きることは、覚悟していました」。そう話す「エチュード」のオーナーシェフ山岸啓介さん。2020年3月16日午後8時、マクロン大統領が外出制限の演説を行い、同日深夜までにレストランの営業停止が命じられた。その翌日から約2カ月にわたって、パリはロックダウンに入ったのだ。「多くの店はテイクアウトの道を模索しましたが、僕のやりたいこととは違うと感じていました。さて、どうしようか。6月に入ってカフェやレストランのテラス営業が許可されてからも、うちで十分なサービスを提供することはできないと感じていました」。

ちょうど、その頃、トロカデロの水族館の館長から、夏休みはテラス席で夏限定の和食の居酒屋メニューを考案する話を持ちかけられ、快諾した。「はじめは乗り気じゃなかったのですが、こういう時期だからこそ、普段と違ったことをすることで違った発想が生まれるかも、と思ったんです」


山岸啓介シェフ
調理師学校を経て白金台「OZAWA」に勤務後、27歳で渡仏。2013年「Étude」を開店。2018年ミシュラン一ツ星獲得。



星を目指して、見えなくなっていたもの


自粛期間は料理人として、根本的なあり方を徹底的に見つめ直した。「これからの時代、僕たちは何を人々にもたらすことができるのだろう。新しい快適さ、本質的な料理の提供とは」と自問自答した。そこで浮かんだのは、食材をパリ近郊で求めることはできないだろうか、ということだった。 「エチュード」は2016年から乳製品を一切使用しないフランス料理に取り組んできた、数少ないガストロノミー店である。地産地消が第一のこだわりではなかったものの、一流を求めるがゆえに、見えなくなっていたものがあると、気づいた。

「最近、パリの多くのガストロノミー店では、同じ生産者から同じ食材を買い求めるケースが増えてきました。だからお皿の上のプレゼンテーションは似たような傾向になってきていた。僕はいま、長野で過ごした子供時代のピュアな味の記憶を思い起こしながら、味の原点回帰をしたいと思っています。それがパリ半径100キロの食材に限定するという、新たな挑戦でした。」


生産者を洗い出す

今回の改革では、パリ近郊の野菜農家を除き、すべてを一新した。「100キロ圏内に果たして昔ながらの生産を守り続ける生産者がいるのだろうか」。不安を抱きながらもリサーチには膨大なエネルギーを注いだ。まずはインターネットを駆使し、検索は給仕長のジャン=シャルル・コラン氏が担当。その後、山岸さんが足を運んで一つひとつを舌で確かめていった。

マルシェに出店する農家なら、まずは身元を明かさずに行って買って食べてみる。よければ連絡をして現地に向かった。昔ながらの製法にこだわる生産者はフェイスブックをはじめ、インターネットに通じていないことが多かった。一軒一軒、訪問できる場所は隈なく歩きまわった。「仕入れを左右するのは、僕らと同じ情熱と姿勢を持っているかどうか。餌や肥料の管理を徹底し、僕たちが納得できる安全な食材を生産する方々を探しました」


ビリー=シュル=ウルクの養鶏場の家禽は放牧飼育されている。併設のブティックでは食材の購入も可能。


「エチュード」の献立表には生産者の名前と場所が表記されている。ゲストは気に入れば、直接、生産者側に連絡を取って彼らの元で食材を購入することもできる。

食材調達は、生産者側から直送されることもあれば、山岸さんが取りに行くこともある。「直接通える距離、だからこその100キロ圏内。例えばホロホロ鳥の放牧場の隣の畑にナスがあって料理が閃いたこともあります。その場に行ったからこそインスピレーションが湧き、皿の上に反映されることもある。現地に出向くと発見に次ぐ発見です」

フランス伝統の技術をベースに、山岸シェフ独自の細やかな感性で唯一無二の料理を生みだしている

「そば粉のガレット、ホロホロ鳥の卵、トムチーズ」エアリー感のあるガレットに半熟卵をのせた。どこか懐かしい味わい。


今回の生産者の洗い直しで、例外的に乳製品のみ、100キロ圏外のノルマンディー地方の農家フェルム・ド・ラ・オート・フォリに決めた。「フランスでは2009年来、乳製品産業が大きな変貌を遂げています。2015年にバターの価格が高騰。イル・ド・フランスで飼育される牛はプリムホルスタインといって大量に搾乳できますが脂肪分は少ない品種です。

近年、人々は低脂肪乳を好む傾向にありますから……。残念ながら昔ながらの濃厚なミルクの味とは全く異なる。フェルム・ド・ラ・オート・フォリの牛はジェルジーという品種で脂肪率は12〜13 %。搾乳量は少なめですが、脂肪分は豊富。放牧牛で牧草を食べて育っていてオーガニックです。特筆すべき点は、この牧場では夕方にミルクを搾ったら冷蔵で保存せず、すぐに脂肪分を分離して自分たちでバター作りをしているということ。年々、バター作りは別の専門業者に委ねる牧場が増え、このような例は稀なんです。彼らの昔ながらの製法を守る職人気質に感激しました」

この牧場から届く乳製品は、かつて山岸さんが子供の頃、長野の牧場で味わったミルクやソフトクリームの味に近い。まるで「プルーストのマドレーヌ」のように幼い頃の幸せな記憶を呼び覚ましてくれる。


繋がりとインスピレーションの広がり

「ホロホロ鳥のフィレ、揚げナス、シードルソース」香ばしく旨味と酸味のバランスが絶妙なフランス料理の伝統を感じさせる一皿。


9月のレストラン再開で、はじめて打ち出したメニューはコース1本。フランス伝統の懐かしいおいしさがありながら、随所に山岸さんの個性が表現されている。今回、ホロホロ鳥は三つの調理法で仕上げた。そば粉のガレットの上には半熟卵を、フィレ肉にはとろとろの揚げナスにシードルビネガーを合わせた。モモ肉はブロンドビールで煮込んでホーロー鍋で気前よくサーブする。ノルマンディーからやってきたミルクや生クリームは、その豊饒さに悶絶する。
100キロ圏内、とはいえ、これはとてつもない冒険だ。イル・ド・フランスには海がない。魚介類を扱うことはできない。

パリ100キロ圏内の朝採れ食材。左奥からホロホロ鳥とその卵、ナス、トマト、3色のビーツ、トムチーズ。

「生産者の方にも、彼らから食材をいただく自分たちも、そして、その食材を使った料理を食べていただくお客様にも、常に誠実でありたい。何も隠すことなく、ここのものを使っています、と胸を張って言える食材を使っていく。そんな透明性こそが、最も大切なことではないかと気づきました。ソーシャルディスタンスが広まる世界において、僕たちが目指すことは、料理を通して人々の心の距離を縮めることだと思います」「エチュード」の冒険は始まったばかりだ。


山岸シェフと給仕長のジャン=シャルル・コランさん。食材の洗い直しでは二人三脚でサポートし合った阿吽の仲だ。









◎エチュード
14 Rue du Bouquet de
Longchamp, 75116 Paris FRANCE
☎+33.(0) 1.45.05.11.41
土曜昼、日、月曜休
12:30~14:00、20:00~21:00
昼45ユーロ、夜86ユーロ
メトロ6番線Boissière駅より徒歩2分、
6・9番線Trocadéro駅より徒歩5分
ヴィーガン対応(要予約)
https://restaurant-etude.fr/





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