【シェフたちの森グルメ】達人に学ぶ山との付き合い方 キノコ編
「MANO」西本竜一 「里山十帖」桑木野恵子
2026.01.05
text by Sawako Kimijima / photographs by Atsushi Kondo
野草やキノコ、木の実や新芽、ジビエといった食材がガストロノミーの主役に躍り出るようになり、シェフたちの間で狩猟・採集への関心が高まっています。子どもの頃からフォレイジング(野山での採集)と薪火調理に親しむ軽井沢「MANO」西本竜一シェフのもとには、シェフ仲間から「山歩きに同行したい」というオファーが寄せられるように。信州の山が黄色く染まる11月上旬、西本シェフとその師匠に導かれ、キノコ採りに同行しました。
目次
山好きシェフが「キノコの師匠」と仰ぐ名人は御年86歳
軽井沢「MANO」西本竜一シェフが「キノコの師匠」と呼ぶ丸山康實さんと接していると、30年前に読んだ山菜採り名人の記事の書き出しが思い出されてくる――「山はいくつもの約束事で動いている。恵みをいただくのだからそのことを忘れない。名人は静かで謙虚だった」――御年86歳。「山を歩いて80年」と静かにほほ笑む丸山さんもまさに描写通りの名人である。11月上旬、若きシェフたちを伴って山に入ると聞き、同行させてもらった。
参加者は、南魚沼「里山十帖」桑木野恵子シェフ、御代田町「vase」岡田卓也シェフと武智太陽支配人、新潟市「宇呀(うが)」諏佐尚紀シェフ、西本竜一シェフとMANOスタッフの伊藤隆世さん、そして取材班3人の計10人という大部隊だ。普段、丸山さんは一人で山に入る。この人数での入山は「西本君からの依頼だから引き受けた(笑)」、特例中の特例らしい。
朝6時に集合して山へ。「4時には山に着いている」のが丸山さんの日課だから、シェフと取材班を気遣っての遅いスタートとなった。
ここで、丸山さんと西本シェフの関わりについて触れておこう。
出会いは信州新町の道の駅。キノコの鑑定役を務めていた丸山さんに会いに、西本シェフが足繫く通ったのが始まり。なにせ西本シェフは、幼少期にはまった本が山菜図鑑とキノコ図鑑という山オタクである。「毎日のように訪ねてきたんです。質問も多くて、説明しがいがあった。山菜やキノコなど信州の自然の恵みを本気で料理に取り入れようとしていることに共感した」と丸山さん。2020年頃のことだ。
以来、2人は連れ立って山歩きを重ねるように。西本シェフはさらなる山の深みへと踏み込んだのだった。
「丸山さんと歩くと、山の植物や動物たちの景色が今までと違って見えて、光り輝いてきた」と西本さん。「山には先人によって作られた暗黙のルールがある。どの山にどのように入っていくのか、地域ごとに人と山との付き合い方がある。そのルールの多くを学びました」と振り返る。
「山を歩いて80年」ということは、「ええ、5、6歳から山に入っています」と丸山さんの口ぶりはいたってさらりとしたもの。「山歩きが唯一の趣味だった父親に連れられて行っていたんです。5人兄弟の中で私だけがウルシにかぶれない体質だったので」
山の知識は、家業の金物屋の仕入れで訪れる信州打刃物の産地、信濃町古間の鎌職人から。信州打刃物とは戦国時代をルーツとする伝統職で、鎌、鍬(くわ)、鉈(なた)、斧など、山仕事や農作業の道具で知られ、山とは切っても切れない関係にある。土地と人の長い営みの上に築かれた、土着の知識とでも言うべきものがあるのだろう。
父親に付いて歩く中で、丸山さんの体内にそれらが蓄積していった。渓流釣りにも親しみ、野宿をしながら数日間かけて源流域までさかのぼる源流遡行を地元のみならず全国各地で行なった。秘境として名高い黒部川の上ノ廊下源流行、北アルプス柳又谷源流、大イワナを求めての奥只見恋ノ岐川、等々、憑かれたように放浪。地元の放送局で釣り情報番組やアウトドア番組を担当したり、釣り雑誌でエッセイを連載するまでになっていたという。
この時期、丸山さんは毎日同じ山を歩く。キノコの調達を依頼されている料理店が数軒――MANOもその1軒――あって、彼らのためにキノコを探すためだが、「多くのキノコ採取者は、日々山を変えて歩くのですが、私はひとつの山をコースも変えずに歩く」。それでも種類も量も十分なキノコが揃う。「同じ山に入ることで、山の変化とキノコが推移していく様子が観察できる」と語る丸山さんの言葉には、やはり80年の重みを感じる。
キノコを知ると、山を見る眼が深くなる
この日の参加者は、日頃から山に入り慣れているシェフばかり。立地からして山の恩恵の只中にある「里山十帖」の桑木野さんは言わずもがな、岡田さん、諏佐さんもよく山へ足を運ぶという。
「山菜やキノコ、野草、樹木の花や実、枝や根、いろいろ収穫します。新芽から枯葉まで、生育過程に応じた調理の可能性を探る。採取する植物を挙げるときりがない」と語る岡田さん。「物心ついた時から父親と山菜採りに行っていた」という諏佐さんは「雪解けから霜が降りる頃まで、多ければ週に1、2回、少なくとも月に1度は山へ入ります」。
ただ、「キノコはまだ学び始めたばかり」と口を揃える。同定――分類上の所属を決定すること。平たく言えば、食用かそうでないか、キノコの名称の見極め――に豊富な知識と経験が求められるキノコは、山の恵みの中でもハードルが高い。
桑木野さんは「キノコを知るにつれ、山を見る眼が変わった」と言う。「共生するキノコと分解するキノコの2タイプがいる。その両方の働きで山が生きているんだって知ると、別の世界が見えてきた」
キノコは大きく菌根菌と腐生菌に分けられる。前者は樹木などの細根部に菌根を作って育つ。窒素、リン、カリウムなどの無機物や水を吸収して自らも利用すると共に、寄生する植物にも届ける役割を果たす。アカマツに生えるマツタケがわかりやすいだろうか。後者には落ち葉分解菌や木材腐朽菌があり、落ち葉や倒木、切り株などに生えて、有機物を分解して栄養分として育つ。身近なところではナメコやシイタケが代表格。前者が植物の成長を助け、後者は循環を助けているわけだ。落ち葉分解菌によるキノコは、生えている落ち葉の層をかき混ぜてしまうと、菌糸体が損傷を受ける。周辺環境を荒らさないようにそっと採らなければならない。
「勝手な思い込みかもしれないけれど、キノコには“意志”を感じるんですよね。キノコのことをもっと知らないと、山をちゃんと理解できるようにならないって思う」との桑木野さんの言葉には実感がこもる。
気候変動が山を変えている
80年の間には、時代が変わり、山も変わる。
「父と通った斑尾山は炭焼き人に尾根の木々を伐採された。さらに山麓に林道が通された。シモフリシメジ、ホンシメジが顔を見せなくなった」と丸山さん。山村の人たちにとって燃料として貴重だった山の木々は、電気やガスに取って代わられ、不要となる。「手入れされなくなった山はヤブだらけに。そんな山にはキノコも生えない」
廉価な輸入材に押されて日本の材木は価値を失った。「それでも伐採は続いている。どうやら植林とか間伐の名目が整えば、どこかからお金が出るらしい。でも、切った木は山に放置されたまま。そうして、マツタケやコウタケ、シモフリシメジが激減していく」と丸山さんは嘆く。
加えて、「山が変わる要因として一番気掛かりなのは気候変動。キノコたちの発生が怪しく、不確かで、予測困難になっています。キノコ自身がいつ開花すれはいいのかわからなくなっているのではないか? たとえば、今年の大イチョウダケは開花して1日で悪くなってしまい、再生が20日後でした。クリフウセンタケも1日で消えて、1カ月後に復活。例年なら両者とも発生したら10日間ほどは出続けて消えていくんですがね。こんなことは私にとって初めての体験です。とんでもない時に出てきたり、終わったと思ったキノコが何度も出てきたり、信じがたい異変がキノコの世界にも起こっていると実感します」
丸山さんが見ているのは、キノコというより、山そのもの。そもそもキノコは人間にとっての「食材」である前に、自然界の「生きもの」である。フォレイジングへの関心の高まりを背景として、入るべきでない山に勝手に入る、山を荒らすといった、約束事を無視した行為も聞かれるが、キノコしか眼中にないから、そういう事態が起きる。丸山さんが対峙するのは、キノコ以前に山だ。毎日山へ入ることで、もの言わぬ山の声を聴くのである。
初めて食べた“幻”のホウキタケは「奇跡の味」
丸山さんがキノコや山菜を届ける先は決して多くない。山の恵みには限りがあるから、多くを請け負わないのは当然だろう。ただし、引き受けた以上は責任を果たす。たまに季節はずれのリクエストもあるが、「応えられるのが丸山さんの凄さ」と西本さんは舌を巻く。あの山のあの尾根のあの斜面のあの木の辺りにはあるはず。丸山さんの頭には地形と植生が解像度高く刻み込まれているのだ。
この日、見事なホウキタケが採れた。丸山さんは「料理本で最高級の味と言われるキノコですよ」と顔をほころばせつつ、「採れても出荷してしまうので、私はまともに食べたことがなくて。紺屋の白袴なんです」と言う。「ならば」と、西本さんと桑木野さんが急遽、丸山さんのために採れたてのキノコを料理することに。
後日、取材班に丸山さんから手紙が届いた。綴られていたのは料理の感想。
「料理人にとって難物とされるムラサキシメジが、美しい姿を損なうことなく、おいしく仕立てられているのが驚きであり、喜びでもありました」
「圧巻は、あの“幻”と言っていいホウキタケ。今年は5株しか採れておらず、この日巡り会えただけでも幸運でしたが、奇跡的な味を共有できたのは、86歳にして初めての体験であり、贅沢な時間でした」
冒頭に挙げた30年前に読んだ記事は次のように締め括られる。――「人間は山に、知らずと心を映し出しているのかもしれない。人の気持ちが豊かであれば山も豊かだ。人が貧相になれば山も貧相になる。宝物と思えば山は宝物だし、便利だと思えば便利なものになる。」――やっぱり、丸山さんの姿に重なるのである。これが、山を知る人のたどり着く境地なのだろうか。
◎MANO
長野県北佐久郡軽井沢町発地553-3
18:00~(一斉スタート)
土・日・月曜のみランチあり12:00~(一斉スタート)
火曜、水曜休
Instagram:@mano_karuizawa
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