世界のスーパーマーケット最前線――2
市民の、市民による、市民のためのスーパーマーケットがパリで誕生!
2017.07.03
photograph by Alizée Szwarc
メンバー登録をした市民によって運営されるという画期的なシステムのスーパーマーケット「La Louve(ラ・ルーヴ)」がパリで誕生しました(現在、期限未定でテスト営業中)。
このスーパーを利用するには、1ヵ月に約3時間の労働を提供する必要があります。
しかし、商品の多くがオーガニックで、パリ郊外の食材や小規模生産者の品物が優先的に扱われており、しかも一般的なオーガニック店舗の価格より15~40%も安い、と聞けば、メンバー登録したくなりますよね。
「押し付けられる商品を消費するしかない現状を打破したいなら、企業や自治体が何かしてくれるのを待っているのではなく、自分が小さなアクションを起こしてみてはという投げかけ」と、パリ在住ジャーナリストは語ります。
人を頼るより、自分でやろう。
「我々は、与えられてきた食物、これを消費すればいいと現代社会が提案する食物に満足していなかった。だから、我々の手で、我々のスーパーマーケットを作ろうと立ち上がった」
これは、今年、パリ18区の外れに現れた「La Louve (ラ・ルーヴ)」のスローガンだ。
お腹を満たすもの、食べるものが豊富に溢れる大都市パリ。しかし、その現実は必ずしも明るいとは言えない。
安価な食品を求めるなら、大量生産・大量消費を前提に大企業が生産する食品をスーパーマーケットで買えばいいだろう。
しかし、少しでも質を求めようと思うと、潤沢な家計を持つ者はともかく、ごく一般の市民には、“オーガニック”“安全”“近隣の小規模生産者による滋味ある生鮮食品”などは高嶺の花と言っていい。たとえ食の未来への意識があっても、ままならない現実がある。
自分たちの日常の食はもちろんのこと、世界の国々を巻き込んで、安価な食品を大量生産・大量廃棄する現在の食の供給システムを変えることはできないのか? 企業や社会に反発するより、今、自分たちの手で、この街の人たちとできることをやろう――それが、「ラ・ルーヴ」の意図だ。
利益追求を目的とせず、賛同者を募っての食材供給は、これまでも実現されてきた。「coop」(生活共同組合)はそのひとつ。coopのスーパーマーケットはすでに世界各地に根を下ろす。
「ラ・ルーヴ」がそれらと一線を画すのは、運営そのものが、「ラ・ルーヴ」を利用するメンバー登録した市民によって行われることである。
毎月数回、メンバーが集まる会合が開かれ、登録希望者はまずその会合への参加を求められる。
さらに、「メンバー各自が1カ月に3時間の労働を提供する」というシステムを採る。事務、商品の搬入、陳列、在庫管理、レジ係、メンバーの仕事割り振り、総合管理、広報まで、運営に必要な仕事のほぼすべてが、消費者であるメンバーによってまかなわれる。
その最大の利点は、運営費の削減だ。
賃金の安い他国の労働力や大量生産に頼ることだけが、安く供給する手段ではない。ガソリンと運賃と時間をかけて遠方からわざわざ運んだり、企業の意識やシステムの改革を待ち望むよりも、自分たちの労働力でまかなおうと考えたのだった。
NYブルックリンの「Park Slope Food Coop」をヒントとして
商品の多くはBIO食材である。パリ近郊で生産される生鮮食材、フランス国内の小規模生産者の優良食品を優先する。
メンバー自身が扱う食品を選択し、労働力を提供しているおかげで、パリのBIO系食材市価より15~40%ほど安価な提供を実現した。まさに、市民の、市民による、市民のためのスーパーマーケットの本領発揮と言えよう。
「ラ・ルーヴ」の起源は、実はNY、ブルックリンの「Park Slope Food Coop(パーク・スロープ・フード・コープ)」にある。「パーク・スロープ・フード・コープ」は1973年から登録メンバーの労働力で独立・自治の運営を続けてきたスーパー。5年前からあらゆる面でラ・ルーヴ始動のための支援を続け、ある意味、「ラ・ルーヴ」の生みの親と言っていいかもしれない。
ここで、「ラ・ルーヴ」オープンまでの軌跡を追おう。
2010年 NYの「パーク・スロープ・フード・コープ」にアイデアを得たパリ在住の英国人トム・ブースとブライアン・ホリヘインの2人が「ラ・ルーヴ」プロジェクトを開始。
2011年 多くの賛同者を得て、食品購入を目的とするアソシエーション「Les Amis de La Louve(ラ・ルーヴの仲間たち)」を立ち上げる。
2013年 パリ18区ラ・グット・ドール通りに、「ラ・ルーヴ」協賛金集めのための事務所を構える。
2014年 アソシエーション参加者は530名に増え、14の部門に分かれて準備を開始。名称を登録し、建設予定地を市内に見つけ、パリ市が与える「社会経済と連帯賞」を獲得。
2015年 「ラ・ルーヴ」始動のための資金(建設工事費と開店資金)調達に漕ぎ着ける。年末には、ラ・グット・ドール通りで期間限定のエピスリー(食品販売)を実現。賛同メンバーは1800人を超える。
2016年 参加メンバーの数は3000人に及び、11月、店舗の工事開始。同時にテスト営業の準備が始まり、スーパーマーケットの機能と賛同メンバーの実務の調整を開始。
2017年2月 4500名以上のメンバー登録希望者に対し、毎週3回の会合(正式なメンバーとして登録するために最初に会合への参加が義務付けられる)を開催し、テスト営業を開始。
テスト営業を開始した今、取扱商品の検討と充実、関係手続の進行、情報処理関連システムの試行、メンバーによる労働内容の調整など、様々な試行錯誤を繰り返している。
現在も登録希望者は増え続け、登録メンバーは4800人あまり。今後はスーパー運営のみならず、「パーク・スロープ・フード・コープ」が行なっているような地域のボランティア活動、就労時・買い物時のための託児所の設立、障害のある人々の補助やデリバリーサービスなど、さらなる活動の充実に向けて準備中という。
21世紀のスーパーマーケットのあり方とは?
20世紀、スーパーマーケットの登場は、日々の買い物をラクにしてくれた。
思えば、洗濯機も掃除機も冷蔵庫も、20世紀に生み出されたものは、生活の中の作業負荷を減らし、作業効率をアップし、余剰時間を増やすという役割を果たしてくれた。
しかし、負荷の軽減や効率の向上と共に失ったものを見つめ、取り戻そうとしているのが、今という時代だ。
都市部におけるファーマーズマーケットの活況や産地直送のお取り寄せ人気は、その好例と言える。スーパーやコンビニではなく、あえて商店街の肉屋や魚屋、八百屋といった専門店で買う人々も増えつつある。
時間や場所の制約上、スーパーマーケットで買わなければならないのだとすれば、スーパー自体の改善を図ろう――前回お届けしたミラノや今回のパリの事例には、そんな意志が感じられるかのようだ。
20世紀の恩恵はそうそう手放せない。けれど、21世紀には21世紀のあり方を見出さなければいけない。
今後も折りを見て、「ラ・ルーヴ」レポートをお届けしたいと思う。
◎ La Louve
Quartier Amiraux-Simplon, 116 Rue des Poissonniers, 75018 Paris,
https://www.facebook.com/CoopLaLouve/