「ユニバーサルベイクス」はなぜ強い?日本のパン職人、“ヴィーガンパン”を本気で考える。
2023.06.26
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photographs by Masahiro Goda
植物性食材だけで作るヴィーガンパンが人気です。都内近郊にあるヴィーガンパン専門店には、連日客足が絶えません。理由のひとつは、パン好きも納得させる、味づくり。卵、乳製品を使用したパンのおいしさを知り尽くしたパン職人が、動物性食材に頼らないパンづくりに向き合い、新しいジャンルのパンを生み出しているからといえるでしょう。
ヴィーガンベーカリー「ユニバーサルベイクス&カフェ」「ユニバーサルベイクス ニコメ」を通じて、ヴィーガンパンの魅力をクローズアップします。
目次
ベーカリーのわくわく感を植物性で叶える
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“ヴィーガン”とは、卵や乳製品を含む、動物性食材の一切を口にしない「完全菜食主義者」のこと。東京・世田谷代田に位置する「ユニバーサルベイクス&カフェ」、東京・下北沢「ユニバーサルベイクス ニコメ」は、動物性食材を使用しないヴィーガンパン専門店である。
なぜ、パンをヴィーガンに? 確かに製パンの主材料は、粉と水と酵母。発酵で醸すパン・ド・カンパーニュや小麦の味をストレートに引き出すバゲットが選べるならば、日々の糧としては十分。しかし、食パンや丸パンなどの食事パン、ヴィエノワズリーなど、卵や乳製品といった動物性素材を使うパンは、ベーカリーのわくわく感を担うアイテムでもある。それらを植物性で叶えているのがヴィーガンパン専門店、ユニバーサルベイクスなのだ。
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看板商品でもあるドーナッツは食感も味わいも軽く、レモンやナッツなどの植物性グレーズ(上掛け)の味を引き立てる。SNS上では「ユニバーサルのドーナッツは何個でもいける」との声も。
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テイクアウトが主体の「ユニバーサルベイクス ニコメ」。東京・世田谷代田にある1号店「ユニバーサルベイクス&カフェ」は、千葉の農家「キレド」の野菜を使ったタルティーヌなど、惣菜パンやランチが楽しめる。
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連日、国籍問わず外国人が多く訪れる。
小田急線下北沢駅から徒歩3分。ビルの2階、日当たりのよい場所にある「ユニバーサルベイクス ニコメ」には、絶え間なく客が入れ替わり、テラスでは外国人の家族連れや若い男女が談笑しながらパンを頬張る。棚に並ぶのはバゲットなどのハード系から食パン、丸パン、マフィンにグレーズや生地違いのドーナッツなど、常時25~30種類。すべてヴィーガンだ。商品カードには粉だけでなく、神戸産有機米でつくる米麹、瀬戸内産レモンに長崎・平戸のあおさ、中目黒「カフェ・ファソン」のコーヒー豆など、原材料が表示される。ここには“ヴィーガン”という言葉から連想しがちな、食の制限やストイックな表情はない。あるのは豊かな素材、そして街のパン屋としてのわくわく感だ。
1号店「ユニバーサルベイクス&カフェ」がオープンしたのは2020年。
食のイベントや商品開発のプロデュースを生業とする、大皿彩子(おおさら・さいこ)さんが立ち上げた。根っからのサッカー好きの大皿さん。国境も言語も文化も越え、老いも若きも熱狂する世界的スポーツ、サッカーと並ぶような“世界に届くコミニュティコンテンツ”を探していた。そんな時、旅先のベルリンで出会ったレストランの食卓風景に感銘を受ける。
「多様な文化が共存する国民性を象徴するように、ジャンルに縛られない多様なヴィーガン料理が並んでいました。大勢の人が一つのテーブルを囲む時、そこにいる全員がハッピーになれる食事。その最大公約数が植物性の食事だと気づいたんです」
大皿さんは、ヴィーガン料理こそ、探していた“世界に届くコミニュティコンテンツ”だと確信する。
その後、2016年、東京・池尻大橋にヴィーガンカフェ「アラスカ ツヴァイ」をオープン。知人のパン職人、丸山雄三シェフに声をかけ、子どもから大人まで、ヴィーガンもノンヴィーガンも集い、分け合えるパンを作りたいとユニバーサルベイクス&カフェを出店した。
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大皿彩子さん。広告会社勤務を経て、2012年食の企画会社、「さいころ食堂」を設立。企業のメニュー開発や店舗プロデュースを行う傍ら、2016年中目黒にヴィーガンカフェ「アラスカ ツヴァイ」をオープン。「『アラスカ ツヴァイ』で自家製ヴィーガンパンを焼いて、技術のある職人の手にかかれば、もっとおいしくなると可能性を感じたんです」
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丸山雄三シェフ。「アンデルセン」で15年勤務後、国産素材の活用とノスタルジーを感じる“温故知新”をテーマにしたベーカリー「サンチノ」シェフとして3年勤務。2020年同店シェフへ。立ち上げからフードディレクターやマネージャーとタッグを組んで、すべてのパン製造を仕切る。
“おいしい”要素を解体し、新しいルートで辿り着く
日常の中の小さな愉しみ、悦びをくれるパン。甘く、ふわっとやわらかいパンを、動物性素材を使わずに作る。
ここでユニバーサルベイクスのパンづくりの一例を紹介しよう。ブリオッシュと並ぶリッチタイプの菓子パン、パン・ヴィエノワは、一般的に卵、バター、牛乳で味を膨らませる。これを、動物性食材を使わず表現するために、まずはマネジメントチームで、思い描く理想のヴィエノワの“おいしい”要素を洗い出す。
「ヴィエノワといえば、フランスの子どもたちのおやつのイメージ。歯が生え揃わない子どもも食べられる、やわらかくて、ふかっとして、それでいてしっとりしていて“口の中で優しい”パン。何もつけなくてもほんのり甘味があって・・・」。意見をまとめて丸山シェフの元へ届ける。
依頼を受けた丸山シェフは、信頼する生産者から集めた素材で、“口の中で優しい”味と食感を突き詰める。ヴィエノワのもつ優しい乳味は、植物性食材であるメインの強力粉「はるきらり」と豆乳、そこにルヴァンリキッドの発酵による奥行のある味わいで引き出す。
苦心したのは、ヴィエノワらしい特徴的な食感だ。「強力粉に薄力粉を加えて、歯切れを出しました。薄力粉が多いと膨らみが、少なすぎると求めるヴィエノワらしいサクッとした歯切れが出ない」。試作を繰り返して、強力粉8:薄力粉2の割合に落ち着いた。バターなどの固形油脂が担うボリューム形成には、酸化に強く、トレーサビリティが明確な固形油脂の有機パーム油を使用。「油脂類は、植物性である粉や副材料の味を邪魔しないクリアな味のものを選びます。2日目に食べることを考えて、酸化に強いものであることも大切です」
パンのしっとり感が翌日まで続くように、生地の保水力は液体油脂の米油で引き上げる。バターや卵が入らないと、老化が早まりがちだが、「ミキシングでしっかりグルテンが形成された後、バシナージュと同じタイミングで、米油を加えます。水と米油がしなやかな窯伸びを促し、しっとりした食感が出ます。ミキシングの前に液体油脂を加えてしまうとグルテンの形成を邪魔するので、必ず後で加えます」。焼成は平窯。「ふわふわした食感をつくる場合はコンベクションですが、今回はクラムとクラストのコントラストを作りたかったので、上火と下火の温度差が作れる平窯を選びます」
こうして仕上がった「ヴィエノワ」はふんわり、しっとり、ほんの少しもっちり。クラストとクラムのコントラストは優しく、噛みすすめるとかすかに感じるミルキーなニュアンス・・・。やわらかい具を挟んでも、潰さずに嚙み切れるという、パン・ヴィエノワの特徴もしっかり備えた。
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歯切れのために薄力粉をブレンドしているため、ミキシングは長すぎても短すぎてもパサつく。この生地はほかにもメロンパンやシナモンロールにも使う。
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食欲をそそるヴィエノワのツヤ感は、焼成前、固形分の多い豆乳を刷毛で塗る。
動物性食材の陰に隠れていた、素材の味が顔を出す。
レシピづくりの過程で気づくのは、ユニバーサルベイクスのパン作りには、バターや卵、乳製品が使えないという「ない」がない。ほしい要素の解体から始まり、信頼できる生産者から集めた素材から発想する。ポジティブな「ある」がスタートラインだ。ほしい要素を絞り込むため、レシピの狙いもブレがない。教科書通りの「パン・ヴィエノワ」のレシピから展開をしないため、製法にも味にも無理が出ない。
そもそも卵もバターも牛乳も、パンに加える1つの素材の働きは複合的で多義的。風味や保水、ボリュームや歯切れなど、パンにその素材を加える目的が、明確に把握できていれば、「ない」の発想で、代替素材探しに奔走することもなくなる。
卵やバターがないと、味や香りの拠り所となるのは、粉であり、油であり、塩、砂糖。使う素材の一つ一つが精鋭たちだ。メインの粉「はるきらり」は北海道の前田農産のもの。野趣ある旨味は控えめでミルキーな味で、国産小麦に多いモチモチ感も控えめ。豆乳は何十種類も飲み比べ、薄すぎず、濃過ぎず、飲んで味がいいと思えるものを選び抜く。塩は菓子パン生地にはまろやかな旨味の藻塩、バゲットには鋭い塩味をもつベトナムの天日塩、カンホアの塩を、と使い分ける。
甘味には保水性が高く、ミネラル豊富なてんさい糖をメインに、クロワッサンなどさっくり仕上げたい生地やフィリングにはてんさいのグラニュー糖を使う。膨らみを担保する固形油脂にはヴィエノワでも使用した「ダーボン」社の有機栽培のパームから搾油した有機パーム油をメインに、求めるパンの個性に応じて豆乳やココナッツミルクの油脂分を使う。
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全粒粉は3種類を使用し、植物性の素材の組み合わせに、穀物の旨味を加える。(左から)バゲットに使う十勝産はるきらり全粒粉(江別製粉)。食パンなどに使う北海道産キタノカオリ全粒粉(アグリシステム)、ドーナッツに使う福岡県産シロガネ小麦の薄力粉の全粒粉(江別製粉)。
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(左から)国産の米ぬかから作られた「ボーソー」の米油はドーナッツや食パン、菓子パンなどに使用。「すっきりした味で、2日目も油臭くならない」。ドーナッツ生地の風味づけと固形油脂の役割でも使うココナッツミルク。オールドファッションドーナッツや菓子パン生地に使用する豆乳。
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「ダーボン」社の有機栽培のパームから搾油した有機パーム油。溶剤を使わない物理的圧搾法で作られ、トランス脂肪酸は1%未満。
丸山シェフがヴィーガンパンを焼き始めて、年々増すのは、「素材の味を引き出す」という意識だ。しっとり感と歯切れを作るために加水量は増やすが、素材の味が薄まらない量を探る。目指す食味を、粉の配合、加水の量、ミキシングの時間を細かく点検し、調整する。植物性素材だけで作るパンは、適正なバランスで味と食感が引き出されていないと、食べ手にものたりなさを感じさせるからだ。
菓子パンから動物性素材を削ぎ落とすと、素材の隠されていたポテンシャルに気づく。「最近気づいたのは、うちのメインで使う『はるきらり』、バターみたいな味がするんですよ」とシェフ。これを生産者の前田農産の前田茂雄さんに伝えたところ、「そんなこと、はじめて聞いた」と返された。「よくも悪くも動物性素材は強い。だから、なくなると他のものが前に出てくるんです」
とりわけ好評なのはシナモンロールだ。植物性のシナモンロールには、卵、バター由来の濃厚な旨味と余韻がない。その分、シンプルにこんがり焼けた小麦やシナモンの味が発現性を高め、ストレートに届く。個性的な副材料との掛け合わせは、植物性生地が持つ魅力をあぶり出す。
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シナモンロール(¥380)。「ヴィエノワ」と同じ生地だが、コンベクションオーブンでふわっと焼き上げる。「シナモンは多めに利かせるとバランスがいい」
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ヴィエノワ生地を揚げたカレーパン(¥400)。具材もヴィーガン。大人の手のひらサイズのボリューム!
ヴィーガンパンは、もっとおいしくなれる
ヴィーガンパンが食べたいなら、ハード系を食べればよい。その考えはもう古い。ヴィーガンパンはすでに技術のあるブーランジェたちの手で新たなパンの一つに昇華され、存在している。
昨年(2022年)、ユニバーサルベイクスのスタッフたちは研修でフランスへ渡り、ベーカリー、パティスリーを数軒視察した。フランスはヴィーガンに対応するブーランジュリーも増えている。どうでしたか? の質問に丸山シェフは少し戸惑いながら答えた。「やっぱり果物がおいしい国ですよね。果物の酸味や甘味を利かせたパンがすばらしかった。素材のパワーが違うなって。でもヴィーガンパンは・・・うん。おいしかった・・・。でも、もっとやれるんじゃないかな」
控えめな言葉に、まだまだ日本のヴィーガンパンはおいしく、面白くなると予感させた。
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40代になり、「植物性の味が体に合うようになってきました(笑)」とシェフ。
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パンの相棒、コーヒーは中目黒「カフェ・ファソン」にオーダーしたオリジナルブレンド。コールドブリューや「豆乳ラテ」も人気。
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ユニバーサルベイクスでは、2カ月に一度、毎回テーマの異なるイベントを開催。7/1(土)、2(日)は「FRUITS&FLOWER MARKET」として果物や花を添えたパンやお菓子の限定メニューを揃える予定。
◎ユニバーサルベイクス 二コメ
東京都世田谷区北沢3-19-20 reload内2階
☎03-6407-1021
Instagram:@universalbakes_nicome
◎ユニバーサルベイクス &カフェ
東京都世田谷区代田5-9-15
☎03-6335-4972
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