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“小さな食料政策” 進行中。
第6回 「食べるを“ど”真ん中に。これからの団欒。」

People / Life InnovatorMay. 16, 2019

「食べる」が真ん中

先日、西村佳哲さんのコーディネートで前WIREDの編集長の若林恵氏と一緒に神山を3日間巡り、色々な人に会って話を聞いてもらった。後日、『こんにちは未来 |第12回 なぜ、いま地方はおもしろいのか!?』という佐久間裕美子さんと若林さんのポッドキャストを聞いていたら神山の話が出てきた。

「神山で思ったんだけど、食べものを真ん中におくのは、すげえアリだと思った。」

 (漫然と暮らしているとわからないけど、
  食の安全性などを確保するハードルが上がっている時代の中で)

「(そういった)価値観を広めましょうみたいなことも言葉ベースでやるよりは『なんか、とりあえず一緒に飯くおうぜ』みたいな話からスタートできるのは、やっぱりある意味ハードルは低いし、面白いよね。」

という話があった。

フードハブの活動は「食べる」ということが“ど”真ん中にある。

農業から調理、提供するところまで全部やっているので、当たり前と言えば当たり前の話だ。仕事で食べることに関わっていると、必然的に暮らしも「食べる」ということが真ん中になってくる。最近、家族で食べるご飯が一番うまいと思う。

妻が料理上手というのを自慢したいわけではなく、食べた時に何かこう、内側から湧き上がってくるような喜びと、身体全体にしみわたる美味しさがある。そしておそらくその味にあきることはない。最近出張が多く外食も増え、家のご飯がよけいに恋しいのかもしれない。でも、それだけじゃない気がする。

神山に滞在している料理人のデイブが言っていたことを思い出す。

NYで料理をしていたときは、日ごろ「評価」ばかりを気にして何のために料理をしているのかを忘れていた。また食べる人もいつも料理を分析したり、評価する(最近だとインスタ映えの)ことばかりを気にして、本来、生きる喜びを分かち合うために一緒に食べるという当たり前のことを忘れている。

みんな日頃、どんなふうにご飯を食べているんだろう。



「働く」が真ん中



現代社会では“経済合理性”の追求によって、数多くの物事が細かく分業化され、日々の生活は「働く」ことが真ん中にある。

効率的に働くために、食べることはアウトソースしがちだ。
共働きの家庭では、外食、中食などのサービスは必須と言える。

食のビジネスに携わる人々でさえ「働く」ことが中心で、食べることを疎かにする(コンビニに頼る)現場を数多く見てきた。現代における食のシステムは細かな分業とブラックな環境に支えられていて、その裏はまったく見えない。

何のために「働き」、何のために「食べる」のか。

働き方“改革”真っ盛りの現代は「生きること=働くこと」であり、「生きること=食べること」は日常の暮らしの中で完全に見失われている。東京のとあるエリアには数十万人が通勤しているが、そこに住民票を置く人は数人だそうだ。下手したら日本一地価の高い街で三食すべてを済ませている人もいるだろう(安価に美味しいものを出すのは不可能)。自分自身も東京で暮らしていた時は、そんな生活を繰り返していた。

だからこそ週一くらいは「食べる」を真ん中に置くことはできないかと思う。「ノー残業デイ」などで早く帰らせる(飲みに行く)のではなく、みんなで「つくる、食べる」という営みを取り戻すための大人の食育の「場」を、働く街で組み立てたらどうなるだろう。

でもそれは簡単な話じゃない。



毎日の選択



地元のおにぎり。
コンビニのおにぎり。

あなたなら日々どちらを選択するだろう。

先日、広島県の尾道駅舎がリニューアルした。尾道駅は毎日約12,000人の人がゆきかい、うち約7割が地元の人で残り約3割が観光客と聞く。フードハブで駅舎内の一店舗のコンセプト開発からオープンまで深く関わらせてもらった。尾道の良いものをまるっと届ける『おのまる商店』という店の向かいには、大手の“コンビニ”がある。

地元の物を買うのか、それともコンビニで買うのか。
その選択を「毎日、問う」のはどうかと提案した。

食べることは小難しく訴えかけるのではなく、ワクワクすることが大事だ(私の記事は例外)。

コンセプトは、できあいのコンビニ的 “FAST FOOD(ファストフード)”にかけて “LOCAL FIRST FOOD!まずは地元の食から” とした。英語が分かる人には間違っていると突っ込まれるやつ。

フードハブでは、「大量生産の食」に対して「地産地食」をもうひとつの食の選択肢と話している。



大量生産の食が悪いわけではなく、日常の食においてそれが「すべて」になってしまう状況が良くないということだ。「地産地食」という地元の食材を使った食の選択肢を各地に残していかないと、世の中はコンビニ的な食であっという間に塗りつぶされてしまう。フードハブの活動は、ここに警笛を鳴らす活動でもある。

文化人類学×デザイン
おにぎりで「食べる」を真ん中に

※事前のリサーチで発見した『尾道小史

尾道のプロジェクトでは、まずは地元の歴史や食文化などをリサーチすることから始めた。神山での活動を通じて、外から新しいものを持ってきて「いいっしょ!」と地元の人たちに見せるのではなく、そこに「あるもの」をデザインするという方法に私たちは行き着いた。それを私は勝手に「文化人類学 × デザイン」と言っている。

そのなかで見出されたのが、広島の江波(えば)という地域の漁師さんが懐にたずさえ船の上で食べていた「巻きおにぎり」。「江波巻」は広島菜をきざみ、オカカと混ぜたものをご飯にのせ海苔で巻いたもので、今でも地元で親しまれているそうだ。聞くと他の地域の漁師さんも同様の巻きおにぎりを船の上で食べていたと言う。



これを瀬戸内の海の幸、山の幸をふんだんに包み込んだ巻きおにぎりに発展させたらどうか。瀬戸内をまいて食べる「せとうち巻き」の誕生だ。



せとうち巻きには、先の江波巻、海老天巻、豚カツ巻、ジャコねぎ巻、尾道巻、尾商巻(後述)などがあり、それを地元のお惣菜屋さんに手づくりしてもらっている。

小海老やジャコなど地元の食材を使うことに加え、地元商店とコラボすることで地域を“巻き”こんでいくミッションもこの巻きおにぎりは担っている。

※せとうち巻きの試作

例えば地元の老舗練り物屋さんにレシピをお渡しして、ごぼう天巻用のささがきゴボウがたっぷり入ったごぼう天を作ってもらう(開発中)。エビコをたっぷりと使った尾道名物のばら寿司を海苔で包み「尾道巻」として商品化し、新しい食べ方を提案する。海苔でご飯を巻くだけの気軽さと、地元の豊かな食材を包み込み、地域との関係性も深めていく日常の食の「プラットホーム」になっていくといいなと思っている。

尾道商業高校とも商品開発をしている。

通称「尾商巻(おのしょうまき)」は生徒たちとのコラボ商品で、すでに地元の人たちにも人気の商品だ。生徒たちからは、片手で食べる尾道ラーメンやイカ天スナックを巻いて食べるおにぎりなど、私たちでは到底思いつかない斬新なアイデアがたくさん出た。最終的に地元のまるか食品さんが製造するイカ天を出汁醤油に浸し、青のりや広島菜と白ごまをご飯とまぜて巻く案が「尾商巻」として採用された。

この尾道での取り組みは“経済合理性”だけではなく「食べる」という行為を真ん中におくことで地域内での交流を更に深め、新たな食文化をつくり伝承していくということを目指している。この地域のみんなで一緒に「つくり、食べる」ことを広義な意味でのこれからの「団欒(だんらん)」のあり方としてとらえることはできないか。

地域で一緒に「つくり、食べる」団欒

「サザエさん 団欒」でGoogle検索

話が飛躍するが「団欒」という言葉を聞くと何を思い浮かべるだろう。

サザエさんやちびまる子ちゃんに象徴されるように、家族がちゃぶ台やテーブルを囲み談笑しながら食事をする景色をイメージする人も少なくないだろう。

先日、“団欒 DAN RAN”をテーマにした映画を撮るなどと宣言してしまった。その手前、『食卓と家族 − 家族団らんの歴史的変遷』という本を読んでいるのだが(まだ途中)非常に興味深い研究結果が載っていた。





国立民族博物館の研究グループは、(中略)家族揃っての食事は、銘々膳や箱膳に替わってちゃぶ台が庶民の家族に普及する大正から昭和初期以降に始まり、会話をともなう楽しい食事が実現するのは、ちゃぶ台がテーブルに移行する戦後以降であることを明らかにしている。(中略)

また、箱膳からちゃぶ台に変化するなかで一つの大皿におかずを大盛りする形式が登場し、テーブルの時代になってそれが一般化し、浸透した。食事内容の変化も食卓での家族団らんを促進する一要因となった。

表 真美 (2010)『食卓と家族 − 家族団らんの歴史的変遷』世界思想社.

家族での団欒という考え方が大正から戦後にかけて欧米諸国への憧れから始まり、テレビドラマやアニメ番組の影響から主婦たちの間で「団らん信仰」が醸成されていったとも書かれている。またかつて食卓での会話は行儀が悪く、それが許されたのは戦後ちゃぶ台からテーブルになってからというのも驚きだ。

しかしながら昨今、家族での団欒は急速に失われつつある。そして個食や孤食は何も若い世代だけの問題ではない。中山間地域の山奥では独居老人の食事問題も待ったなし。これほどまでに経済合理性を追求し、さまざまな物事が複雑に絡み合った世の中で「みんなで団らんしようぜ〜」などど言うだけで、この問題が解決するほど甘くないのはわかっている。

だがフードハブのように日本の田舎で「食べる」を“ど”真ん中におくことで、少しずつではあるが地域の<農業の後継者問題><雇用創出の問題><移住促進の問題><教育の問題><福祉の問題>に対して多角的かつ多様に取り組み始めているのも事実である。(お年寄りの見守りを兼ねたお弁当配食サービスにフードハブとして食事を提供し始めている)

食べるを“ど”真ん中に置くこと、つまり団欒には、現代の多くの社会課題を解決する手がかりがあるのではないか。家庭での団欒が基本だが、まずは「地産地食」を合言葉に地域のみんなで一緒に「つくり、食べる」ことを広義な「団欒」として捉え直してみる。そうすれば団欒が単に一緒に食べる人数の問題ではなく、たとえ一人でも実現しうる食べることへの向き合いかたの話にならないだろうか。

ちゃぶ台やダイニングテーブル、大皿というような「道具」が戦後、家族の団らんを加速させたのも興味深い。尾道や神山で始まっている食べるを真ん中においた「仕組み」や「場」の力で、今の時代に必要な「団欒」を実現していきたい。

以前、現在の日本の西洋的な食文化は、戦後、日本を急速に民主化させるためにGHQが農地改革や食の生活改善を仕掛けた結果だと書いた。私たちの原風景でもあるサザエさんの団欒でさえ、たかだか戦後数十年でもたらされた食のイメージにすぎないのだ。

つまり、やり方次第で「地産地食」という食文化をこれからの団欒として、みんなで世界に広げていける可能性があるということじゃないか。






真鍋 太一(まなべ・たいち)
1977年生まれ。愛媛県出身。アメリカの大学でデザインを学び、日本の広告業界で8年働く。その後、アメリカで就職するが、挫折して帰国。空間デザイン&イベント会社JTQを経て、WEB制作の株式会社モノサスに籍を置きつつ、グーグルやウェルカムのマーケティングに関わる。2014年、徳島県神山町に移住。モノサスのプロデュース部 部長とフードハブ・プロジェクトの支配人を兼務。
http://foodhub.co.jp/











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