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PEOPLE / PIONEER






2人の食のイノベーターによる新たなる食のたくらみ vol.1
パリのパンをリードし続ける。

ジャン=リュック・プージョラン

People /PioneerJun. 18, 2020

text by Chiyo Sagae / photographs by Ayumi Shino

トレンドには、大きなうねりと小さなさざなみがあると言われます。
ブームではなく変革と言えるほどの大きなうねりを引き起こした2人のレジェンド。
革新のエネルギーは留まることを知りません。


残したいのはサステナブルなパンの未来。

石臼で挽く小麦、塩素を除去した水、ゲランドの塩、父から受け継いだ酵母(84年目の元種)で作るジャン=リュック・プージョランのパンの基本は30年来変わらない。今では多くのパン職人が実践する低温長時間発酵も1990年代より試行錯誤を重ねる製法の要だ。一時は忘れ去られた昔ながらのフランス伝統のパンを現代に蘇らせたひとりであり、“プージョランのパン”が示した潮流は今も脈々と次世代のブーランジェに引き継がれる。

もとより計画通りの職業人生を歩む人とは言えないプージョラン。店の商業権を売却したつもりが、思いがけず自分の名前でパンを売ることができなくなった「事件」を機に、2003年以降レストランやホテルのみにパンを卸し、今ではパリを中心に300軒の顧客にパンを焼く。“店を持たないブーランジェ”の第一人者は、今何を思い、何を目指しているのだろう?

「そろそろ故郷のランドで農業に取り組むよ」と連絡を受けたのは3年前。
パリの地下工房を訪ねてみれば、ここで修業を積んだという2人の息子が作業に精を出す。一時はエンジニアを目指した兄のリュカ、ラガーマンを夢見たという弟のジュールだが、今は迷いなく父のパン作りの継承に邁進する。
「これからパンの製造は2人が担う。僕は今、パンの未来を支える仕事に集中している」とプージョランは言う。
その柱とは、
1.シリアルの自家栽培
2.小麦の独自ブレンド
3.パンのオートクチュール
4.工房の新設
互いに連関しながら進んでいく現在進行形のプロジェクトである。

「パン製作は任せている」とはいえ、工房に入れば何かと手を出さずにはいられない父。

要望により焼成の最後を顧客に委ねるミキュイ=生焼き(右)と完成形(左)を焼き分ける。



ワインに学ぶ

「パンとワインは同じ道を歩んでいる」。原点にはそんな思索があると言う。フランス人のパンとワインの消費量は劇的に減少。戦前には1人当たり1日1㎏だったパンの消費が今では200g 以下にまで落ちた。パンもワインも20世紀後半、安定的で合理的な生産を優先したことにも起因する。その過ちに気づいた生産者たちは、土壌や環境がもたらす個性を尊び、自然と共存する栽培と生産へ舵を切った。

同じ経緯とはいえ、ナチュラルなパン作りを追求してきたプージョランにとって、自然派やビオを要にしたワインの社会的リカバリー力は遥かにパンを凌ぎ、学ぶ点が多いと言う。
ラングドックの自然派ワインの造り手エルヴェ・ヴィズールの畑に通い、ワインとパン作りを共にした経験も、発酵に関わる2人だからこそ分かち合える知恵の宝庫だった。


著名ボルドーワインのプロ向け試飲会「ヴィニカル」に長年パンを提供するプージョラン。

7区パリ市庁舎の庭を市民に開放する催しにパンを提供。地元とのつながりも大切にする。



栽培とブレンドを独自に行う

ランドの農家の7代目に生まれたプージョランが自分の小麦を栽培したいと模索を始めて数年。代々受け継がれてきたトウモロコシ畑と森林で、アグロノミスト(農・耕種学者)の助けを借りながら土壌に合った多様なシリアルの栽培を目指している。だが、「CO2を排出してまで700㎞の遠方からパリに小麦を運ぶ気はない」。

毎週、イル・ド・フランスの石臼のムーラン(粉挽き)で、近郊のビオ小麦8種の配合とパンの試作を繰り返しては調整を重ねる。息子たちにはまだまだ任せられない彼の領域だ。
料理人の個性と向き合うパンづくりも、長年レストランのパンを焼いてきたプージョランの真骨頂。今秋パリにオープン予定のミシェル・ブラスの新店のために、ブラスの故郷の多様なシリアル配合のパンを、ブラスと共に開発中である。

これらの改革のベース基地として「1000㎡の新工房をパリ15区に建設中」とプージョランは目を輝かせる。工房が大きくなるのみならず、本格的な厨房、シェフや生産者、研究者を交えての試作や試食を可能にする空間も備えるそれは、多業種の人々が行き交う開かれたラボを想像させる。独立独歩を貫くプージョランが描くのはどこまでもサステナブルなパンの未来だ。



ジャン=リュック・プージョラン
1956年ランド県生まれ。14歳からパリの名店で修業。1976年、21歳の若さでジャン・ニコ通りに出店。27年間営業。自然素材と製法にこだわるパンやヴィエノワズリーの食感や風味の力強さで人気を博す。2003年、店舗売却の際の契約の関係で、「Jean-Luc Poujauran」の名前が使えなくなり、「JL.P」の名称で地下活動のようにパンを焼き続ける。2006年より「Jean-Luc Poujauran」の名を取り戻して、活動を再開。地下活動時代からの工房で息子のリュカ(兄・右)とジュール(弟・左)。















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