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FEATURE / MOVEMENT

フードテックは何のためにあるのか?世界を目指す料理人が知っておきたい3つの視点

2025.03.10

フードテックは何のためにあるのか?世界を目指す料理人が知っておきたい3つの視点

text by Naoko Asai / photograph(top) by Ayumi Okubo
海藻の新たな量産技術と海藻食文化の開発によって海の砂漠化に挑む「シーベジタブル」(後述)のテストキッチンで。料理開発担当シェフの石坂秀威(しゅうい)さんは、元「INUA」の料理人。“海藻が枯渇しかけている生産現場”と“海藻の多様性を活かし切れていない食の現場”をつなぐ重要な役割を担う(文末に記事リンクあり)

連載:シリーズ・フードテック

ガストロノミーとフードテック。食の世界でイノベーティブなアプローチを模索する姿勢は共通するも、フードテックに距離を感じる料理人はまだ多いのではないだろうか。環境に及ぼす影響を考慮して食材を選び、店を営むように、フードテックもサステナブルな未来に向けて技術革新と業種を超えたエコシステムが立ち上がりつつある。見逃せない動きになっているフードテックの今を3つの視点からお届けしよう。

目次







フードテックは何のためにあるのか?

「フードテック」と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか? 近年、スーパーでも普通に見かけるようになった大豆ミートだろうか。それとも、ファミレスのフロアをけなげに走り回る配膳ロボットの姿? あるいは、スマート家電や昆虫食、はたまた、3Dフードプリンター? ひと口にフードテックと言っても、人によって描くイメージは異なるが、抱く疑問はみな同じかもしれない。「便利そうだけれど、フードテックって自分たちの食生活に必要? 何のためにあるの?」と。

日本におけるフードテック元年はコロナ禍の2020年と言われている。その土台の醸成に大きく貢献したのが、2017年に設立され現在も年に1度開催されているカンファレンス「スマートキッチン・サミット・ジャパン」(以下、SKS JAPAN)だ。参加者は、主に食の新規事業開発に関心の高い大手食品メーカーやスタートアップ。披露されるプロジェクトやプロダクトは、代替肉やスマホアプリと紐づいたキッチンOSなど、テックを活用した個々の取組み。すでに世に出たものもあれば、社会実装への距離が遠いものも多かった。

しかし、昨年2024年10月24日~26日に、日本橋で開催された「SKS JAPAN 2024」の会場に流れる空気は今までと明らかに違った。知る人ぞ知る発酵テクノロジーの会社がアップサイクルを提案したり、日本を代表するメガバンクの三菱UFJ銀行と大手デベロッパーである三井不動産という超大型プレイヤーの共創が語られたりと、来場者の誰しもが、フードテックがいよいよ本格的な実装のステージに移ったことを実感する場となった。

では実際に、フードテックがどのように私たちの生活と接続するのか、そもそもフードテックは何のためにあるのか、フードテックをめぐる現状と可能性を、SKS JAPAN 2024で手に入れた3つの視点から見ていこう。


実は発酵もフードテック

今回、ひときわ注目を集めていたテーマが「発酵」だ。「noma」を始めとしたガストロノミーレストランが発酵の技法を取り入れているのは、周知の通り。世界的な発酵ブームはますますヒートアップしている。
「レストラン以外にも、全米トップの農学部を擁するコーネル大学で、発酵ラボが設立されたり、スタンフォード大学でも発酵のイベントが開催されたりと、教育面でも発酵が深く浸透し始めています」と、「SKS JAPAN 2024」初日のセッション「発酵のグローバル化と日本からの貢献」で語ったのは、アメリカのたまり醤油ブランド「San-J International」社長、佐藤隆氏だ。

アメリカ「San-J International」社長、佐藤隆氏
アメリカ「San-J International」社長、佐藤隆氏

佐藤氏は、数年前から「noma」とコラボレーションしたマッシュルームガルムを手がけたり、毎月のようにアメリカ国内で発酵のイベントに招かれたりと、海外の発酵ムーブメントの最前線に身を置いている。そこで抱いたのは、「世界の発酵ブームが日本人不在で進みつつある」という危機感だ。

「たとえば、アメリカの本屋で見かける発酵の本には日本人著者のものは1冊もありませんし、カンファレンスの登壇者の中に日本人は自分しかいません。Instagramやウェブサイトを通して、日本の発酵文化を英語で発信し始めたのも、日本からの英語による発信が足りていないことを痛感しているためです」

現在、「発酵エバンジェリスト」としての佐藤氏の啓蒙活動は、アメリカの自社工場のオープンハウスや、海外のトップシェフやジャーナリストを日本の醤油、味噌、日本酒などの発酵蔵に連れて行く「発酵ツーリズム」の実施など多角的に広がっている。さらに、実際に商品を流通させることが重要と、昨年からは、自社が持つ高級市場中心のアメリカの販売ルートを日本の発酵食品を扱う他社に開放した。

岡山「フジワラテクノアート」代表取締役副社長の藤原加奈氏(中央)。モデレーターはSKS JAPANの共同創設者で日本のフードテックを在アメリカの視点で猛支援する外村仁氏(左)
岡山「フジワラテクノアート」代表取締役副社長の藤原加奈氏(中央)。モデレーターはSKS JAPANの共同創設者で日本のフードテックを在アメリカの視点で猛支援する外村仁氏(左)

一方、「発酵」を「課題解決のフードテック」と捉えた取り組みとビジョンを示したのは、麹の製造装置で国内シェア8割を誇る岡山の醸造設備メーカー「フジワラテクノアート」の代表取締役副社長の藤原加奈氏だ。
たとえば、小麦を製粉した際に生じるふすま。現在は、家畜の飼料に活用しているが、麹菌で発酵させると抗酸化物質が生じ付加価値の高い飼料にアップサイクルできるという。他にも、茶葉や大豆、コーヒーかすなど、今まで廃棄していた残渣を発酵させることで、再び食の循環の輪の中に取り入れる研究を、アカデミアや企業と進めている。


食べるほどに社会や地球が健康になるエコシステムづくり

「発酵」のほかに、もう一つのキーワードが「エコシステム」。直訳すると「生態系」だが、フードテックの文脈でいえばイノベーションを最大化するための業種を超えたプレイヤーの連携と言えるだろう。

「社会の課題解決に取り組むスタートアップが、よい商品を作るテクノロジーと、それを流通させるビジネスモデルを両立させることは、なかなか難しい。そこに流通や販売を担う私たちが関わると、食のエコシステムができる」と語り、「生産者が製品開発に集中できる環境づくり」を提唱するのは「オイシックス・ラ・大地」代表取締役社長の髙島宏平氏だ。

高知「シーベジタブル」共同代表の友廣裕一氏はオンラインで登壇
高知「シーベジタブル」共同代表の友廣裕一氏はオンラインで登壇

SKS JAPAN3日目のセッション「地方と都市をつなぐ:海洋資源の危機と新経済モデル」には髙島氏と共に、ウニの再養殖技術で、藻場の再生によるブルーカーボン造成を目指す水産ベンチャー「北三陸ファクトリー」代表取締役の下苧坪之典(したうつぼ・ゆきのり)氏と、海藻の新たな量産技術と海藻食文化の開発によって海の砂漠化に挑む「シーベジタブル」共同代表の友廣裕一氏の二人が登壇した。いずれも、年々藻場が減少する磯焼けの問題に、海産物を食べることで解決を図る有望なスタートアップだ。

岩手「北三陸ファクトリー」代表取締役の下苧坪之典氏
岩手「北三陸ファクトリー」代表取締役の下苧坪之典氏

下苧坪氏が、「磯焼けでエサになる海藻がなくやせてしまったウニを、再生養殖の技術で太らせて販売もしていますが、やはり作ることと売ることはまったく次元が違う。特に販売に紐づくブランディングに関しては、日本の水産業は非常に弱い」とエコシステムの重要性を説くと、友廣氏も「われわれも同じ。高付加価値の商品は世界中のシェフたちに使ってもらえるようになったが、スケールは小さい。海藻の養殖により、海の生態系が回復していくという調査結果も出てきた中で、さらに生産量を拡大したい思いはあるが、流通側からすると海藻は安いものというイメージが強く、今まさに、壁を感じている」と課題を挙げた。

東京「オイシックス・ラ・大地」代表取締役社長の髙島宏平氏
東京「オイシックス・ラ・大地」代表取締役社長の髙島宏平氏

社会課題を解決しうるスタートアップが、スケールアップする前に資金が足りなくなるケースは世界的に見ても多いと話す髙島氏。2024年に給食事業に進出した理由を、給食のオーガニック化を法律で定めマーケットを創出した韓国ソウル市を例に挙げ、「法律、条例が決まれば、ブランディングなどへの時間やコストをかけず、社会にとっていい食べ物の流通が一気に生まれるのが給食のいいところ」だと語る。流通、ファンド、行政と役割を明確にしつつ、「寄ってたかって食のエコシステムをつくる雰囲気を醸成していきたい」と締めくくった。

もう一つ、業種を超えたプレイヤーの連携として象徴的なセッションが、「MUFGが描く2050年のFuture Food Vision 〜食と新世界へ」。一昨年に続き2回目のSKS JAPAN登壇となる三菱UFJ銀行が、なぜ、金融機関が食に取り組むのかについて明らかにされた。

赤い半被を着た三菱UFJ銀行 執行役員営業本部ケミカル・ウェルビーイング部長の小杉裕司氏(中央左)と産業リサーチ&プロデュース部長の内藤裕規氏
赤い半被を着た三菱UFJ銀行 執行役員営業本部ケミカル・ウェルビーイング部長の小杉裕司氏(中央左)と産業リサーチ&プロデュース部長の内藤裕規氏

「日本にとって、食とエネルギーを賄うことは非常に重要な問題。片や、われわれのすべての支店の取引先に必ず食関連の企業があり、様々なレイヤーのお客様と食のスタートアップの話をするととても盛り上がる」と話すのは、三菱UFJ銀行執行役員営業本部 ケミカル・ウェルビーイング部長の小杉裕司氏。

社会課題解決のキーとして食が注目される今、金融というニュートラルな立場から、分散化した食農業界の産業力強化を促し、食料自給率の向上と、個人のウェルビーイングの追求を目指す。顧客の富裕層からは社会貢献につながるスタートアップに投資したいという声もあり、銀行ならではのマッチングを通した食の新規事業創出の支援を視野に、国内初のフードエコシステムの構築を掲げている。


料理人がイノベーションの鍵を握る

3日間に渡り様々な業種から約100名が登壇したSKS JAPAN 2024の目指すところを一言でいえば、「日本の食をグローバル産業化する」だろう。そこに流れていたのは、食べるほどに社会や地球が健康になるエコシステムを皆でつくろうという熱気だった。

熱狂の3日間を終え、多くのセッションでモデレーターを務めたSKS JAPANの主催者であり創設者である「UnlocX」代表取締役CEO、田中宏隆氏に、これから料理人はフードテックとどのようにつながっていくのかについて聞いてみた。

SKS JAPANを主催する「UnlocX」代表取締役CEO、田中宏隆氏
SKS JAPANを主催する「UnlocX」代表取締役CEO、田中宏隆氏

「シェフの方たちは、今後日本のフードテックの発展において、重要な鍵を握ると思っています」と田中氏。その先行事例として挙げたのが、世界有数の食の教育機関であるスペインの「バスク・キュリナリー・センター」(以下BCC、文末に関連記事リンクあり)の取り組みだ。

「今回BCCのメンバーも来場していましたが、BCCは、“料理はエンジニアリング”という考えに基づき、工学部の延長線に位置づけられています。つまり、しっかりと学位を取ってやるべきものが、料理であり調理。学士から博士号までとれて、言語も含めた教育プログラムが整っている。高いレベルの食のトピックスを英語で発信できる彼らが、スタートアップや企業の商品開発に関われるスキーム作りに成功しました。シェフの社会的な位置付けが高いのも納得です」

もちろん、日本でも企業の新規商品開発にシェフが関わることは珍しいことではない。しかし、そのグリップは基本的に企業側にある。「でも、今後は、シェフが求めているものをテクノロジーで実現するといった、逆方向から生まれる新規事業もあると思います」と田中さんは言う。

「最近、あるドキュメンタリーで、ビル・ゲイツが、やっぱり世の中には本当にイノベーティブな技術革新があるということを知るべきだ、と言っていて、僕も全く同じ考え方。技術革新から目を背けず、食にまつわるテクノロジーを把握した上で、共創のパートナーを見つける。技術と集合知で食の可能性を広げ、20年後、30年後にみんながいいねと思う社会を作るために、意思ある人たちを集める場がSKS JAPAN。イノベーションを“おいしく”伝えてくれるシェフたちともっと関わりを増やしていけたらと思います」


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