ローカルガストロノミーの世界の潮流
「マドリード・フュージョン2019」レポート
2019.02.18
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text by Yuki Kobayashi
1月28日~30日の3日間、「マドリード・フュージョン2019」(以下MF)が開催された。
今年のテーマは、主催者ホセ・カペルが語った言葉「土地とテクノロジー」に集約されている。
聴講者2000人、発表者122人、大会全体の参加者数13000人。17年間途切れることなく料理界・飲食業界に刺激を与え続けてきたこのイベントは、今年、何を訴えようとしたのだろう。いくつかの顕著な傾向をご紹介したい。
世界の常識、“ローカルガストロノミー”
かつて南米のシェフ達が声高に主張した、土地ひいては地球との共存あってこそのガストロノミーという主張は、今やコモンセンスであり、潮流というより、シェフたちの堅固な信念となった。地元の素材を生かすというポリシーは今年、大勢のシェフの発表の軸となっていた。 かつて、アジア食材や南米食材など、「いかに皆が知らない素材と調理を紹介するか」が競われていた時代が懐かしい 。料理は正当な道に戻ってきたとも言えるのではないだろうか。
今年の大会場でのトップバッターは、モロッコからやってきたレストラン「ヌール」のナジャ・カナチェ。土地の食材、そして伝統料理と前衛料理のフュージョンを紹介した。
ナジャ・カナチェはバスク生まれのモロッコ人。若い頃から世界各国を渡り歩きながら料理修業を重ね、2010年には「エルブジ」にも参加したバイタリティ溢れる女性シェフで、7カ国語を話す。幼少期によく訪れたというフェズにレストランを構え、水、食器、野菜や肉などレストランを営むのに必要なすべてを、仲介業者を通さずに自ら調達して料理を作る。モロッコで女性が自由に動くことは難しいという状況も、彼女にとっては克服しがいのある楽しいチャレンジのひとつに見えるほど、明るい。初日一人目の発表がナジャのような女性シェフだということに、主催者側の明確な フェミニズムの姿勢を感じる。
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ナジャ・カナチェ。トーマス・ケラー、グラン・アケッツ、レネ・レゼピなどの下で最前線の料理を学んだ後、フェズを拠点としてモロッコを表現する料理を生み出す。
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ラクダのチーズの混ざったビーツのソース、ネギとターメリックのクリーム、メキシコのモレやクスクスなど、様々なパーツをキャンバスに描くように表現。
一方、サンフランシスコからやってきた「シングル・スレッド・ファーム」のカティーナとカイル・コンノートン夫婦は、やはり地元調達型のホテルレストランを経営。レストランから8kmの場所に農園とワイナリーも持ち、料理素材をすべてここでまかなう。農園には畑、鶏小屋、果樹園、オリーブ畑、蜂の巣箱があり、野菜、果物、ハーブ、花、ハチミツ、卵などを日々生み出しているのである。
カイルは 北海道の「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」やヘストン・ブルメンタールの「ファットダック」のプロジェクトにも関わった人物だ。レストラン入口には、キャッシャーやPCといった機器を置かず、家に帰ってきたような雰囲気を演出するなど、高級感あふれるスノッブなエコ体験ができる空間であることを紹介した。
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カティーナとカイル・コンノートン夫婦。北海道の「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」で働いた経験が影響を与えた。2人が作り上げるのは、細部にいたるまで精巧なプレゼンテーションだ。
バルト海に浮かぶ人口4万人程度の小さなデンマークの島、ボーンホルム島から招待されたのは、レストラン「カデウ」のニコライ・ノルレガードだ。島出身の彼は、島に生息する植物や、冬には寒く閉ざされる土地で培われた保存法を大事に伝承しながら、店の料理に生かす。シンプルで禁欲的にも見える彼のスタイルを「ノマ的」というのは間違いだろう。ニコライは料理を祖父に習い、あとは独学。彼のスタイルは島にある素材と調理の忠実な現代的表現だ。
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ニコライ・ノルレガードは、デンマーク本土からは遠く離れて独自の風土を持つボーンホルム島で生まれ、独学で料理人になった。
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生のホタテ、麻のオイル、セミドライトマトを海藻オイルで保存したもの、ホタテの卵と乾燥ムール貝の粉とラベンダー。
スペインからはバジャドリ県の2000人ほどの村マタポズエロスにレストランを持つ、ミゲル・アンヘル・デ・ラ・クルスが参加した。彼のレストラン名「ラ・ボティカ」はスペイン語で「薬局」の意味。医食同源的な思想のあるシェフである。地元の特産物でもある仔羊の料理を紹介し、羊はその放牧自体が自然環境保護につながることを訴えた。この料理は、 地元の羊飼いとの会話から生まれたという。妊娠している羊には食べて良い草と悪い草があり、悪い草は羊の乳の凝固を促すのだという。彼はそのプロセスを料理に取り入れている。
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搾りたての羊乳にこの植物を加え、羊の体温に近い50℃まで加熱して、自然界で起こるのと同じ仕組みで羊乳を凝固させる。これを羊のモモ肉と首肉に合わせた。
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近隣の松林を注意深く歩いて観察し、インスピレーションを得るというミゲル。
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青い松ぼっくりを泥の器に入れてオーブンで加熱すると、松の実の液体が失われずに加熱され、松ぼっくりに入っていた時の香りが閉じ込められる。それをクリームにして、型押しした羊モモ肉のオーブン焼きに添える。松ぼっくりは台として使う。
土地の産物からの新しい創造。
毎年期待を裏切らず、あっという技術を発表するアンヘル・レオンの発表は、「これまでの塩については忘れてください」という挑発的なタイトル。 海の素材に対する観察は留まるところを知らない。今年レストランに登場する様々な海藻や、牡蠣の中で牡蠣の味になって育つという小さなカニの養殖に成功したことに触れた。また、地元の塩田を歩き、「沈黙の中で塩が結晶化する瞬間の音に感動」して、その結晶化を食卓上で行えないかと、地元大学と研究。結果、塩化カリウム、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、酢酸ナトリウムで構成された瞬時に結晶化する水溶液を生み出した。135℃のこの溶液を卓上で食材にかける。と、瞬間的に温められ固められた食材にほどよく火が通るという仕掛けだ。食卓のエンターテイメントとも言えるこの発明に、会場はスタンディングオーベーション。今年夏には商品化される予定というから、準備万端での発表だった。
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アンヘル・レオンは、セビリアから列車で1時間ほどの町にある「アポニエンテ」のオーナーシェフ。2018年のミシュランで三ツ星を獲得。
塩の結晶化を利用した瞬間調理の動画。エンターテイメント性も抜群。
大会場での発表とは別に、タジェールと呼ばれる少数限定のセミナーでは、アンダルシア州の女性シェフ、ジョランダ・ガルシアが「雑草」というタイトルで参加者20名ほどを集めていた。
彼女はヨーロッパ唯一の砂漠地帯がある地元アルメリアで、食用になるにも関わらず忘れ去られてきた草々を観察、採集している。実践授業では、オレガノ、ローズマリー、タンポポ、ルーコラといった馴染みの草から、過酷な環境下の植物らしく、 香りや味も強烈な個性を持つケイパーの茎や、アオイ、アザミ、ヒユなど使用した料理の数々を紹介。与えられた環境と素材の中で、いかにオリジナリティあふれる食卓が作れるかを説いた。
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20人ほどの前で調理して見せるジョランダ・ガルシア。
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雑草や野草をクローズアップして食べ方を探るのは、世界的な傾向だ。
自然由来のとろみ剤を探求するシェフたち。
また、料理の発表の中では、自然から抽出する「とろみ」の探求が目立った。マヨルカのエマニュエル・バロンとアルベルト・フェルスは、地元に生息するサボテンの葉にとろみを見出し、エレナ・アルサックは鰻のコラーゲンや海藻から抽出して料理に生かす。前述のミゲル・アンヘルは、乾燥した白インゲン豆を安定したとろみ剤として、卵フリーのマヨネーズのように料理に用いていた。とろみといえば、高級店では市販のとろみ剤「シャンタナ」を使うのが一般的な中、こうした試みは自然回帰の傾向なのだろう。
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バレンシアの南に位置するハベアという街の「ボナム・レストラン」のエマニュエル・バロンとアルベルト・フェルス。
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2人は、「自然のゼラチン、海のコラーゲン」をテーマに発表。
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前述の「ラ・ボティカ」(薬局の意)のミゲル・アンヘル・デ・ラ・クルスは白いんげん豆のとろみをソースに活かす。
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ミゲル・アンヘルによる白いんげん豆のとろみを生かしたマヨネーズのようなソース。
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エレナ・アルサックは、魚のコラーゲンの生かし方をレクチャー。
料理学会は何を提起するのか?
そして、8年ぶりにフェラン・アドリアの登場である。彼は相変わらず科学者のように、ブジのプロジェクトは3つに分類されると語る。閉店以来、35冊のボリュームにもなったというエルブジ料理の用語から現象までを取り扱った百科事典『ブジペディア』。2022年に完成予定の『ブジグラフィア』は、エルブジのメニューや素材の全てが含まれた膨大な画像記録である。そして「エルブジ1846」は、 レストラン跡地を一大創造拠点にするというプロジェクト。6000㎡の土地に、展示場、クリエイティブスタジオを作り、世界の専門家たちと「創造」について研究を重ね、インタラクティブに発表してゆく。
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8年ぶりに登場したフェラン・アドリア。共に働く研究スタッフを募集中だ。
その研究者公募が今年2月3日からスタートして6月までとの発表があった。研究分野は限定されず、料理界はもちろん、哲学者、心理学者、芸術家、社会学者と、なんでもあり。公募のWEBサイトが公開されている。
30年間創造し続けたフェランがやろうとしているのは、「半永久的な“創造”を行うための方程式を探す」ということ。それには料理や科学の分野だけでなく、創造が行われるあらゆる分野での知識が必要だという。壮大なプロジェクトは敷地の環境問題などで進行が遅れていたが、間違いなく進行していることを印象付けた。
余談だが、フェランの弟アルベルト・アドリアが、MF内での対談で、「創造とは何か」という問いに 「僕は常にバジェットあっての創造です。創造に必要なもの、それは金、金、金」、と言っていたのも印象的だ。
料理以外の発表も年々多くなっている。レストランや食品店が食料廃棄物をアプリで消費者に知らせ、安く買いとることで廃棄量を減らそうという試み「Too Good To Go」、エネコ・アチャとIT技術者が指揮をとって世界の料理界の識者が優良農業従事者を決める「The Best Farmer」賞プロジェクト、サンフランシスコからはカーボンフットプリント(二酸化炭素の排出量)ゼロに取り組むレストラン「ザ・ペレニアル」のシェフ、アンソニー・ミントが参加していた。
環境問題への提起の発表が多くなっているここ数年のMFでは、飲食・食品業界の責任ある生産活動が問われている 。それは同時に、料理学会として始まったMFが、レシピ発表の場から一歩進んで、業界啓蒙の場としても確固たる地位を築きつつある証だ 。今年のメインスポンサーは健康保険会社だったが、レストランで発生率が高いという誤飲の対処法ついてのレクチャーも連日行われた。分野が多岐にわたって構成されるMFはやがて医師や栄養士を招くようになるだろう。イベントは成熟するほどに社会的役割を課されていく。
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DATA
シェフ名/店名 (都市、国)
◎ ナジャ・カナチェ/ヌール
Najat Kaanache / NUR (Fez, Morrocco)
https://www.nur.ma/
◎ カティーナ&カイル・コンノートン/シングル・スレッド・ファーム
Katina & Kyle Conaughton / SINGLE THREAD FARM (San Francisco,US.)
https://www.singlethreadfarms.com/team
◎ ニコライ・ノルレガード/カデウ
Nicolai Norregaard / KADEU (Bornholm, Denmark)
http://www.kadeau.dk/bornholm.php
◎ ミゲル・アンヘル・デ・ラ・クルス/ラ・ボティカ・デ・マタポズエロス
Miguel Angel de la Cruz / LA BOTICA DE MATAPOZUELOS ( Matapozuelos, Spain)
http://laboticadematapozuelos.com/
◎ アンヘル・レオン/アンヘル・レオン
Angel León / Angel León (Puerto de Santa Maria, Spain)
◎ ジョランダ・ガルシア/アレジャンドロ
Yolanda García / Alejandro (Almeria, Spain)
http://restaurantealejandro.es/tag/yolanda-garcia/
◎ エマニュエル・バロン&アルベルト・フェルス/ボナム
Emmanuele Baron &Alberto Ferruz /Bonamb (Alicante, Spain)
https://bonamb.com/
◎ エレナ・アルサック/アルサック
Elena Arzak / Arzak (San Sebastian, Spain)
https://www.arzak.es/
◎ フェラン・アドリア
Ferran Adriá
https://elbullifoundation.com/
◎ アルベルト・アドリア
Alberto Adriá / El Barri (Barcelona, Spain)
https://elbarri.com/
◎ エネコ・アチャ/アスルメンディ
Eneko Atxa / azurmendi (Bilbao, Spain)
https://enekoatxa.com/
◎ アンソニー・ミント/ザ・ペレニアル
Anthony Myint / The Perennial (San Francisco, US.)
http://www.theperennialsf.com/