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FEATURE / MOVEMENT

未来のレストランへ 03

いつでも動けるように日頃から備える。

東京・神泉「オルランド」 小串貴昌さん

2020.08.31

text by Noriko Horikoshi / photographs by Tsunenori Yamashita

連載:未来のレストランへ

コロナ禍で、「自粛」に伴う経済的打撃をもろに受けた飲食業界。
それぞれの店がその時に何をすべきかを悩み、考え、店を守るための対応策を講じました。
未曾有の出来事は私たちの生活を一変させましたが、飲食店で食事をする価値を再認識する機会にもなりました。飲食店の灯を絶やしてはならないと応援する動きが全国各地で起こりました。
自粛要請が解除され、飲食店の営業が再開されると、以前とは異なるスタイルに変化した店が少なくありません。先行き不透明な状況の中を生きていくために、これまでのあり方からの変革を余儀なくされているのです。
飲食店がこの経験から学び得たことは、「次の波」や他の災害といった将来に起こりうる危機的状況に対応する力になるはずです。
甚大な打撃を受けても起き上がる底力、レジリエンスを備え、ニューノーマル時代を切り拓く、飲食店の取り組みを紹介します。


店を休む間にどれだけ動けるか。

「小串軒レーズンサンド」「カラスミバター」「パスタのふりかけ」……。
「オルランド」小串貴昌さんが作るひねりの効いたテイクアウト商品は、予想以上の人気を集めた。ヒット商品誕生の背景には、日頃からの「備え」があった。


小串貴昌さん
代官山「ラ・フォルナーチェ」(現在は閉店)を皮切りに、経営者として数々の繁盛店を立ち上げる。2014年「オルランド」オーナーシェフに。今年1月には、松濤に共同経営による姉妹店「ENRICO」をオープン。



打てる手は迷いなく、最速で打つ


「オルランド」にとっての潮目の変化は3月30日、突然にやってきた。〝予約の取れない店〞の多くが、そうであったように。国民的コメディアン、志村けんさんの訃報が日本中を駆け巡った日である。
「その日を境に、キャンセルがダーッと入り始めました」と、オーナーシェフの小串貴昌さん。既に東京の感染者数が右肩上がりで増え、週末の外出自粛要請に続き、首都ロックダウンの噂も飛び交っていた時分。
「それでも、店は毎晩普通に賑わっていたから。危機感はまったく持っていませんでした」

なんと悠長なと思われそうだが、その後の行動は実に早かった。4月8日、7都府県を対象とする緊急事態宣言が発令された翌日からテイクアウト販売をスタート。例の〝Xデー〞から、わずか1週間しかたっていない。「やってみたかったんですよね、前から。余りものの肉の端材がいっぱいあって、ずっと気になっていたし。あの肉でミートソースを作れる。冷蔵庫がきれいになって、ちょうどいいや、って(笑)」

店を閉める考えは元からなかったから、要請に沿った時短営業と両輪で。既に客足は遠のき、売上は半分まで落ちていたものの、動揺はなかったという。原因は見えている。コロナだ。ならば焦る必要など、どこにもない。そう確信できたからだ。
「飲食業で15年。悲惨な思いをいっぱいしてきて、店の開け閉めには鈍感になっているかもしれません(笑)。いつ終わるのか予測不可能ではあるけれど、当面できることをやればいい。理由なくお客さんが来なくなるより、ずっと救いがある。スタッフは自分も含めて2人だけだから、人件費の負担も軽くて済む。打つ手があるだけ、むしろラッキーだ。本気でそう思っていました」

打つ手のひとつがテイクアウトであり、いまひとつは現実的な資金調達である。東日本大震災時の経験から、国から補助が出ることは容易に予測できた。今回は、もっとパワーアップしてくるであろうことも。だから、いち早く情報を集め、手続きを進めてもいる。国の持続化給付金、東京都の感染拡大防止協力金など3件の助成金に加え、利子や貸出条件が優遇される国や民間の緊急融資制度も積極的に活用した。

「テイクアウトで儲けは期待できないし、コロナ後のアクションに備えるのに、資金はあるほうがいいに決まっています。平時であれば、うちの店の規模で借りられる金額なんて、たかが知れている。これも、ひとつのチャンスだと受け止めていました」



何が起こってもいいように


テイクアウトに関しては、うれしい誤算があった。フタを開けてみれば、思った以上の評判を呼び、早々から予約完売が続出する展開が待っていたのだ。好調ぶりに背中を押され、メニューの種類も増えていく。前菜、パスタソース、メインを含めて7種類でスタートしたはずが、1週間後には早くも前菜、パスタソースとも5品ずつ、メイン3種類にボリュームアップ。情報をより詳しく伝えるため、普段より頻繁な投稿を心がけていたSNSでは、数日間でフォロワーが一挙に1000人増に。関心の高さがうかがえる。

内容もどんどん磨かれ、柔軟さを増していく。特に進化が目覚ましかったのは、パスタソース部門。残りもの活用のラグーを含む「いわゆるテイクアウト的な」ソースに加え、5月には季節限定の完熟フレッシュトマトソースも提供。この時期、路地もののトマトは旬のピークを迎えるのに、コロナ禍による売れ残りが巷にあふれていた。「一番おいしい時期なのに、捨てるしかないなんて」。料理人として胸が痛む。で、気がついたらトラック一杯の量を買い込み、せっせとソースに仕込んでいたというわけだ。

ほかにもある。発酵バターに大量のカラスミを気前よく練り込んで成形した「おとなのカラスミバター」。グアンチャーレの脂にチーズを加えて固めた「卵黄とまぜて和えるだけのカルボナーラ」。アンチョビー、アーモンド、ハーブ、パン粉などを合わせてローストし、トッピング用にアレンジした「パスタのふりかけ」なる怪作も。どれも、和えるだけ、混ぜるだけ、かけるだけで作れる簡単仕様。ただし、パスタは付いていないから、自分で用意して茹でなければ食べられない。料理として完成しない。それが小串さんの意図するところでもあった。

パスタソースは2人分の量。「1食作って失敗しても、リベンジできるように」との配慮から。


「せっかく家で食べるチャンスができたんだから、考えながら作ってみようよ、というメッセージを込めて。いいパスタを買ってみようとか、ちょっと高いオリーブオイルを使ってみようかとか、興味を持つきっかけになれば、と。ただ温めて『レストランの味を家でも』というのじゃなくってね。そのために、ひと手間が必要な部分をあえて残しました。だって、そのほうが面白いし、達成感も得られるじゃないですか」

約1カ月半続いたテイクアウトは、緊急事態宣言解除を受け、5月25日をもって終了。しかし、空前のヒット作「カラスミバター」には商品化の話が持ち込まれ、実現に向けて動き出している。実は、テイクアウトは小串さんにとって初めての試みだった。にもかかわらずの、この戦績。ビギナーズラックでは、もちろんない。


テイクアウトメニュー随一のヒット作となった「カラスミバター」。商品化の実現が待たれる。

おしゃれなパッケージデザインも、シェフ自らが考案。「こういうの考えるの、好きなんです」


「どんなことがあってもいいように、昔から常に考えている自分がいた」と小串さんは振り返る。よく観察し、理由を分析し、知識やアイデアは引き出しに貯めておく。予想外の事態が起こったとき、その蓄積が次のアクションを起こす呼び水になることを、経験的に心得ているからだ。
「今回のことで言えば、店を閉めなければいけない状況が生まれたとして、休む間に何をするかで差が出てしまう。コロナが収まったとき、忘れずに店に戻ってきてもらえるように、どれだけ動いている証を見せられるか。それが、自分にとってのテイクアウトであり、インスタ発信だったということです」


5月26日から通常営業に。もともと、スペースがゆったりしているため、席数制限は行っていない。


もしも深刻な第2波、第3波が来たら? 
そう水を向けると、「休みます!(笑)」と、冗談とも本気ともつかない即答が返ってきた。でも、小串さんは、たぶん下りない。あっと言わせる神アイデアが、既に引き出しで出番待ちをしているのではないか。そんな気がする。

*本記事は雑誌『料理通信』2020年9・10月合併号 第2特集「未来のレストランへvol.2」より抜粋してお届けしています。








◎ orlando
東京都目黒区青葉台3-1-15
☎ 03-6427-0579
18:00~24:00、日曜休
各線渋谷駅より徒歩15分
https://www.orlando.tokyo/





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