“サシの入らない和牛”「無角和種」を知っていますか?「ダ・オルモ」「樋渡」で稀少な肉フェア開催
2023.02.27
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text by Sawako Kimijima / photographs by Masahiro Goda
「和牛」と聞くと「黒毛」が思い浮かぶ。実際は「黒毛和種」「褐毛和種」「日本短角種」「無角和種」の4種がいる。褐毛和種と言えば「土佐あかうし」「くまもとあか牛」、日本短角種なら「いわて短角牛」が有名だが、では「無角和種」を知る人はどのくらいいるだろう。シェフにもあまり知られていないのではないか? ひっそりと存在してきた無角和種だが、2020年11月「無角和種100周年記念シンポジウム」が開催され、「無角が動き出した!」と牛肉関係者の間で話題になった。その取り組みは日本の畜産の新しいモデルケースとなり得る可能性に満ちている。
200頭しかいない稀少な和牛
今、料理人にとって「どんな牛肉を選ぶのか」は重要事項だ。プラントベースが唱えられる昨今の社会情勢では、「牛肉を使わない」という選択もある。使うのであれば、それは環境にも牛にも負荷をかけず生態系に配慮された牛肉でなければならない。そんな次代を見据えるシェフたちの期待に応えるのが「無角和種」と言えるかもしれない。
では、「無角和種」とは、どんな牛か?
「山口県に200頭いるだけという稀少な牛です」。無角和種の振興事業に携わる一般社団法人STAGEの田口壽洋さんが解説する。「主産地は阿武(あぶ)町。全体の7割を占める140頭が阿武町で飼育されています」
誕生は1920年。農作業に用いられてきた在来和牛とアバディーン・アンガス種の掛け合わせによって生まれた。役牛に肉牛の能力も併せ持つよう交配されたという経緯がある。
「小型で角がなく性格がおとなしい。粗飼料で育ち、早熟で早肥。そんな無角和種の特性は、海と山が近くて傾斜の多いこの辺りの複雑な地形に合っていて、多くの農家で飼われたようです。1963年には飼養頭数9790頭を記録。当時は県内の子牛市場で黒毛和種より高値で取引されていました」
高度経済成長期に入ると、農地では農業機械が牛馬に取って代わり、食生活の洋風化が進んで食肉需要が増大。和牛飼養の目的は役肉両用から肉専用へと転じる。時代を追うごとに肉質重視が強まり、人々の食嗜好は霜降りへ傾いた。しかし、無角和種は、脂肪が厚くて、サシが入りにくい赤身体質。無角の取引価格は子牛も肉牛も低落。農家の飼養意欲は低下し、200頭にまで減ってしまったというわけである。
そんな無角和種の実情をポジティブに捉えるのが、昨年末まで東京・赤坂「ヴァッカロッサ」のシェフとして腕を振るった渡邊雅之さんだ。無角和種振興アドバイザーを務める渡邊さんは、2020年11月に開かれた「無角和種100周年記念シンポジウム」に登壇したほか、無角和種の試食イベントやテストマーケティングにも協力してきた。イタリア修業時代、自然と共存する畜産スタイルとその上に形成された肉食文化を体験してきた渡邊さんの眼に、無角和種の現状は「百年に一度のチャンス」に映るという。
「サシの入った牛肉が評価される時代から取り残されたことによって、“サシの入らない和牛”となった価値は大きい。赤身肉としてのポテンシャルを引き出し続けることが最良の道になるはずです。限られた土地に残された稀少な品種であることや頭数が少ないことも、新たな価値創造へ舵を切る格好の材料でしょう」
宮崎牛、神戸牛、近江牛、松阪牛、飛騨牛、仙台牛、前沢牛、米沢牛など、名を馳せる和牛の産地は少なくないが、名は違っても、肉質の方向性は似通っている。「日本は地形も風土も多様なのだから、もっと個性を競っていい」と渡邊さん。その点、山口県にしかいない稀少な品種で黒毛と一線を画す赤身肉の無角和種は、個性において圧倒的な優位性を持つ。
“テロワールを感じる牛”を目指せ
今、阿武町は無角和種の個性磨きに邁進中だ。担うのは、松村直樹さん(27歳)、藤尾凜太郎さん(25歳)、そして、兼安奈美さん(21歳!)の若い3人。
藤尾さんは、2019年に地域おこし協力隊として阿武町へやってきた。以来、無角和種を担当。2020年秋からはSTAGEの田口さんと共に「無角和種との出会い創出プロジェクト」に取り組む。“人と牛が共に暮らす町”でありたいと、耕作放棄地の放牧地利用、小中学生無角ツアー、町民向け料理教室、無角を学んで見て食べる体験ツアーなど、様々な取り組みを展開する。松村さん、兼安さんも地域おこし協力隊、つまり移住組。松村さんは任務が過ぎた後も留まり、無角和種振興公社に就職した。兼安さんは、出身地・岡山の農業高校時代に無角和種の存在を知り、存続に関わりたくて、山口県立農業大学校で学んだ後、現場へ。小柄ながら、日々の給餌、飼料設計、人工授精など、飼育全般をこなす。
「繁殖から出荷までを自分たちの手で行なうからこそ、行き届いた飼育ができる」と藤尾さんは言う。「月3頭という出荷のペースに合わせて種付けをし、妊娠牛は冬以外、放牧地へ。生まれてから4カ月は母子一緒にして子牛を母乳で育て、8カ月過ぎたら、繁殖牛か肥育牛か適性を見極めてそれぞれの道へ」
早熟早肥ということもあって従来20カ月での出荷を、肉味の充実に重きを置いて24カ月出荷(600kg目安)に変えるなど、様々な施策を試みる中、特に力を入れていこうとしているのが地域資源による飼育。おから、米ぬか、酒粕、ビール粕、柑橘の搾りかすといった地元の産物を活用したエコフィードの開発だ。
“テロワールを映し出す牛”として育てる重要性を説くのは、渡邊さんと同じく無角和種振興アドバイザーを務める「東京宝山」の荻澤紀子さん。荻澤さんは、岩手の短角種、阿蘇のあか牛などを扱ってきた経験上、「飲食店も販売店もテロワールを感じる牛を求め始めている」と語る。
「北上山地に放牧されて自然交配する岩手の短角牛。阿蘇の野焼きの文化と結び付いて草原を守る熊本のあか牛。日本にも土地と深く関わる牛の姿があります。各々の土地に合った牛の育て方をすることが土地の味になる。シェフも食べ手も、肉の味わいの中に、肉の向こう側の風景を見出そうとしているのを感じます」
個性を磨く3つのチャレンジ
今年、藤尾さんたちは3つの試みにチャレンジする。無角和種をもっとテロワールを感じる牛として育てるためだ。
1.屠畜後、吊るしの期間を設けて食味の向上を図る
2.シェフに無角和種の肉質を生かす調理法を見出してもらう
3.子牛を2頭、岩手県雫石町「中屋敷ファーム」に預託する
無角和種はしばしば「水分の多い肉」との指摘を受けてきた。改善策として、無角和種振興アドバイザーの一人で、熟成肉の第一人者にして「富士朝霧牛」など地域ブランドの育成でも知られる「さの萬」の佐野佳治社長から「吊るしを施してはどうか?」との提案を受けた。そこで、荻澤さんに無角和種を託してみることに。
荻澤さんは、岩手の短角牛や阿蘇のあか牛といった赤身系の牛肉を扱う場合、枝肉のまま貯蔵庫で1カ月ほど吊るす。伝統的に「枯らし」と呼ばれるプロセスである。すると、全身隅々まで肉質が向上して、味わいが増す。それが1の試み。今年1月26日に屠畜された牛が2月現在、「枯らし」の真っ最中である。
「枯らし」を経た肉を、肉に精通するシェフが扱うと、無角和種のおいしさの可能性はどう広がるのだろう? それが2の試み。託されたのは、東京・神谷町「ダ・オルモ」北村征博シェフと東京・芝公園「イタリア料理 樋渡(ひわたし)」原耕平シェフ。2022年11月に阿武町を訪れ、無角和種が育つ風土や環境を視察してきた2人は、この3月上旬、無角和種として初めて「枯らし」が施された肉と向き合う。
そして、3は、地域資源による飼育の可能性を見る試みと言える。
岩手県雫石町の「中屋敷ファーム」は2018年から東北農研と共同で自家栽培による飼料作りに取り組み、ウクライナ危機による輸入飼料の高騰によって畜産や酪農の現場が悲鳴をあげる中、注目を集めている。牛肉生産の7割を輸入飼料に頼るのが日本の畜産の現実。部分的に自家産飼料を組み込むケースは増えてきたが、自家産比率が高い事例はまだ少ない。中屋敷ファームでは、放牧と自家栽培の飼料によって、「地域資源で育てた牛」と明言できるレベルにある。そこへ預けることで、日本の草で育てた無角和種はどんな肉質になるのかを見てみようというわけである。
「本来、草を主食とするのが牛。ただ、市場価値を上げるためにコーンや麦といった穀物(濃厚飼料)を与えて肥育するのが日本の畜産です。でも、無角和種は“草で太る”と言われる。中屋敷ファームに預けて草主体で育てたら、どんな結果が得られるか。それを研究材料としながら、無角和種に適した飼育スタイルを見出していけるといい」と荻澤さん。
食材は、生産現場=第1走者、流通=第2走者、飲食店や食材店=第3走者、3段階で食べ手に届く。そのすべての精度を上げる3つのチャレンジと言えるだろう。
日本の畜産の新しいモデルになろう
「赤身の味わいがしっかりした無角和種は、肉食文化圏である欧州の牛肉の肉質に近い」と語るのは、「ダ・オルモ」の北村征博シェフだ。「海外で『あ、この肉、おいしいな』と思わずパクパク食べてしまう時の肉と通じるものを感じる」。
イタリア料理の調理法にはまさにふさわしいと言えそうだ。
「僕の好きな肉質ですね。エサや流通など、それぞれの現場で細かくデータを取って、どんな育て方が向いているのか、僕たちの手元に届くまではどんなプロセスがよいのかが見えてくると、すごくおいしい肉になると思います」
「イタリア料理 樋渡」の原耕平シェフは開口一番、「赤身の旨味が強い。ポテンシャルの高い牛だと思う」と語る。「現地へ行って、海と山の両方に恵まれた自然豊かな環境を見て、エサ作りもいろんな工夫ができるんじゃないかと感じました」
原シェフは、「人間にとって都合の良い牛であってはならない」と考えている。人間本位の育て方をしてはならない。その土地の自然環境の中で本来の生態に添うように育てた牛を、流通や調理に関わる者がそれぞれの立場から持ち味を高めるように腕をふるうべきではないか、と。真摯に肉と対峙し続けてきたから発せられる言葉だ。
田口さんは、無角和種を日本の畜産の新しいモデルケースにできないかと考えている。
「地球温暖化、食料危機、ウクライナ危機など、牛を育てて食べることが議論の対象になる社会状況にあって、望ましい畜産のあり方を探る必要があるのは無角和種に限った話ではないと思う。畜産に携わるすべての人間が、食べ手の一人ひとりが考えなければならない問題です。肉を食べるのか食べないのか。食べるのであれば、どんな肉なら許されるのか。産地が限定的で頭数も少ないがゆえに様々な試みができる無角和種を、これからの畜産のモデルケースにしたい。それが無角和種という稀少な種を絶やすことなく次代につないでいく道でもあると考えています」
◎無角和牛公式サイト
https://www.mukakuwagyu.jp/
<フェア情報>
枯らしを施した無角和種を味わうチャンス!
3/1(水)〜3/15(水)の2週間、「ダ・オルモ」と「イタリア料理 樋渡」にて、枯らしを施した無角和種の料理がアラカルトで2~3品提供されます。「イタリア料理 樋渡」の姉妹店「芝惣菜所」では無角和種を使用した惣菜も用意されます。数量には限りがありますので、詳しくは各店にご確認ください。
◎ダ・オルモ
東京都港区虎ノ門5-3-9 ゼルコーバ5ビル1F
☎03-6432-4073
https://www.da-olmo.com/
◎イタリア料理 樋渡
東京都港区芝2-15-4
☎03-6809-3037
https://www.instagram.com/hiwatasi_info/
◎芝惣菜所
東京都港区芝2-9-13 桑田ビル1F
☎03-6435-4323
https://www.instagram.com/siba_sozaijo/
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