第52回<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール優勝報告
わが師ロブションとの約束。
「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」関谷健一朗シェフ
2019.03.22
text by Noriko Horikoshi / photographs by Hide Urabe
連載:<ル・テタンジェ賞>国際シグネチャーキュイジーヌコンクール
数あるフランス料理の国際コンクールの中でもとりわけ長い歴史を誇り、その難易度の高さから“ガストロノミーのエベレスト”とも称される「<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール」。大手シャンパーニュメゾン「テタンジェ」によって1967年に創設され、歴代の優勝者には故ジョエル・ロブションをはじめとするスターシェフが名を連ねることでも知られます。
2018年11月19日、パリで開かれた第52回コンクールで「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」の関谷健一朗シェフが34年ぶりに日本人として史上2人目の優勝を果たしました。
シャンパーニュメゾンが主催する若手料理人の登竜門。
「<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール」の創設者は、テタンジェ社の2代目当主クロード・テタンジェ氏である。稀代の食通として知られた父・初代ピエール・テタンジェの意を継ぎ、1967年、若手料理人の登竜門となるコンクールを立ち上げたのだった。
「テタンジェ」の名を冠しているものの、シャンパーニュの使用を義務付けたり、シャンパーニュとの相性などを審査基準に課すといった制限は一切ない。
「純粋に技術と味を競う場であり、プロの料理人たちによって真正なジャッジが下されるコンクールです。自分が今、料理人としてどんなレベルにいるのかを知りたい、正当なジャッジを受けたいという気持ちが強くあって、挑戦しました」と関谷健一朗シェフは参加の動機を語る。
フランスの食文化に貢献したいとの一念から、家族経営のシャンパーニュメゾンが独自のイニシアティブを発揮していること、今なお厳格さと公平性を保ちながら回を重ねて権威を高めてきた点で、世界でも稀有な料理コンクールと言えるだろう。
コンクールの審査は、1.書類選考、2.予選に当たる出場各国での国内大会、3.本選となるパリでの世界大会、という3段階で行われる。2018年のファイナリストは、スイス、ベルギー、イギリス、オランダ、フランス、日本の6カ国から。日本代表として出場したのが関谷健一朗シェフだった。
「ファイナルテーマは、卵をベースにした自由な前菜、指定ルセットによる主菜“舌平目のターバン”の2本立てでした。メインの食材は前日夜に発表され、材料の持ち込みは禁止、制限時間は5時間と条件が厳しい。食材の生かし方、技術の引き出しの多様さ、発想や表現の豊かさなど、普段自分たちがしている仕事のすべてが問われると言っていいでしょう」
結果を残すことが、師ロブションへのオマージュ。
2018年春、関谷シェフがコンクールへのエントリーを思い立った時、真っ先に相談したのは恩師であり、敬愛する上司であり、1970年大会の優勝者でもあるジョエル・ロブション氏だった。
「『勝てないんだったら、やるな』と言われました。決して参加を否定しているのではなく、『ロブションの名前を背負って出場し、ジャッジを受ける。その覚悟はできているのか?』と問いたかったのだと思う。厳しさを含んだ励ましの言葉であり、自分にとっては最高にモチベーションをかき立てられた一言でもありました」
しかし、秋の日本大会に向けてルセットの準備を進めていた8月6日、パリから思いもよらない知らせが届く。ジョエル・ロブション氏の訃報である。
「書類選考に提出する作品の写真を撮影しようとしていた前日のことでした。ショックは大きく、一時は出場を取り止めるべきか、悩みました」
複雑な思いに揺れていた時、脳裏をよぎったのは、強い意志のありかを問う「勝てないなら、やるな」の言葉だったという。
「ロブションの死に、フランス料理に関わる誰もが大きな喪失感を覚えたはずです。でも、そんな時だからこそ、ロブションから学んだことを全部吐き出して、結果を残すことが最高のオマージュになるのではないか。直々に教えを受けた自分の、それが最大の恩返しになるのではないか。そう気持ちを切り替えました。『ロブションの弟子たちって凄いね』と言わせたい、そんな思いもありました」
日本代表に選ばれて、パリでの世界大会に臨む関谷シェフを、ロブションゆかりの2つの品が支えた。
「コンクールに際し、応援してくださっている方がロブションの愛用していた香水を贈ってくださったのです。彼のスタッフなら『ああ、ロブションだ』とすぐにわかる匂い。それを、ほんの少しつけて本番に臨みました。そして、ポケットには、これもロブションから教えられたニンニクを一片。動揺せず、落ち着いて戦えたのは、見守られている安心感があったからかもしれません」
「審査員をお客様と思って、おいしい料理を作った」
コンクールで一番意識したのは「おいしい料理を作ること」だった。
「審査員をお客様と思って、レストランで仕事をする時と変わらず、彼らがおいしいと言ってくれるような料理を作ることを心掛けました」
優勝作品のメインは、舌平目にホタテの甘味をしのばせたムースをベースに、シャンピニオン、オマールエビの香味でアレンジを加え、3層の彩りも鮮やかにターバン型に詰めてポシェした、繊細にしてフレンチの王道をいく一品だ。審査員の一員であり、日本人初の優勝経験を持つ堀田大氏は「3種の素材が織りなす色合い、味わいの引き出し方、香味の完璧なバランスとハーモニー」を高く評価する。
「<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール」では、伝統的なフランス料理の技術と味はもちろん、料理に現代性をもたらすオリジナリティも評価基準に含まれる。それがより明確に表現されていたのが、卵をテーマとするアントレだった。
半熟に仕上げた卵黄とキノコのデュクセルをスチームオーブンでドーム状に火を入れたメレンゲで包み込み、食感のアクセントで落ち葉に見立てたジャガイモのチップスを添える。ナイフを入れると卵黄が流れ出し、ソースと混ざり合い完成する一皿。
「料理に四季を視覚的にも取り込む表現法は、日本ならではと言えます。日本人であるアイデンティティを、日本らしさをどう落とし込もうか、限られた食材の中で模索した結果でした」
ただし、ジャガイモの落ち葉は、懐石料理のあしらいのようなイチョウの鮮やかな黄色ではなく、くすんだブラウン系。パリで本選前の試作を重ねていた時、舗道に落ちた茶色いプラタナスの葉を見て、あえて焦がすルセットに変更したという。
「パリの落ち葉の色でなければ、ここで食べる方々にリアリティを感じていただけないだろうと。日本の要素を取り入れても、フランスの文化や気候風土を映し出すように昇華されてなければ、完成したフランス料理とは言えません。自分の料理はフランス国旗を掲げるのに値するのか、をいつも考えながら作っています」
喜びも悲しみもシャンパーニュと共に。
師ロブションの死の悲しみを癒し、コンクール優秀の喜びを彩ったのは、ほかならぬシャンパーニュだった。
「乾杯にも献杯にもシャンパーニュが欠かせませんね。シャンパーニュの泡の中には様々な想いが詰まっている」。
関谷シェフにとってシャンパーニュは“異次元に行くためのツール”だという。
「シャンパーニュが登場するだけで気分が上がりますよね。料理で使うこともあります。たとえば、シャンパンソース。作っていても楽しいんですよ。エシャロットをバターで炒めて、シャンパーニュを鍋に注ぐとフワーッと泡が上がってきて。白ワインソースを作るときとは違う高揚感があります」
「テタンジェ」のシャンパーニュでは最上級キュベの「コント・ド・シャンパーニュ」がお気に入りだ。大手でありながらファミリーのメゾンであり続けていること、いつ飲んでもおいしい抜群の安定感に、「敬意と信頼を表したい」と語る。
「奇抜なアイデアや技量に流れず、食べる人、飲む人に心から『おいしい』と思ってもらえることに価値を置き、一切の妥協をしない。ロブションが生涯を賭して追求した『愛情を以って料理を作る』という哲学に通じるものを感じます。自分もフランス料理を伝える者として、同じ精神を共有できる一人でありたいですね」
◎ ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブジョン
〒106-0032 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ ヒルサイド 2F
☎ 03-5772-7500(受付時間 11:00~21:00)
営業時間
Lunch 12:00-14:00 最終入店時間 (14:30 L.O.)
Dinner 18:00-21:00 最終入店時間 (21:30 L.O.)
東京メトロ日比谷線「六本木駅」徒歩0分(コンコースにて直結)
都営地下鉄大江戸線「六本木駅」 徒歩4分
都営地下鉄大江戸線「麻布十番駅」 徒歩4分
東京メトロ南北線「麻布十番駅」 徒歩7分
◎「テタンジェ」に関する情報
http://www.sapporobeer.jp/wine/taittinger/