チョコレートとウイスキー。響き合う味覚と哲学
2023.06.08
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text by Noriko Horikoshi / photographs by Masahiro Goda
チョコレートとウイスキー。美食の世界で出合うことの多い嗜好品のつくり手が、それぞれのものづくりへの想いやビジョンを語り合う。昨年100周年を迎えたフランスの老舗ショコラブランド「ヴァローナ」の社長アントナ・ナジブ氏が、静岡のクラフトウイスキー蒸溜所「ガイアフロー」を訪問。2人に共通する哲学とは?
「ヴァローナ ジャポン」代表取締役社長 アントナ・ナジブ(右)
フランス出身。幼少期からアジア圏の文化や生活様式に深い憧れと興味をもって育つ。2011年ヴァローナ・チャイナの立ち上げに参画。2020年よりヴァローナ ジャポン代表取締役社長。
「ガイアフロー」代表取締役 中村大航(たいこう)
静岡県出身。長年、家業である精密部品製造会社の代表を務めていたが、ウイスキー好きが高じて2012年よりウイスキーの輸入販売事業をスタート、2016年に静岡蒸溜所を竣工。
周囲の環境を生かし、地元に貢献する蒸溜所づくり
南アルプス最南部の静岡市葵区の山間に建つ「ガイアフロー静岡蒸溜所」。もともと大のウイスキー党だった代表の中村大航氏が、一度は再生可能エネルギー事業のベンチャーで起業したものの、憧れのウイスキーの聖地、アイラ島訪問をきっかけにウイスキー事業への転換を決断。2016年に念願の蒸溜所を構え、ウイスキー製造も今期で7クール目を迎える。
対談に先立ち、中村氏の案内で蒸溜所を見学するナジブ氏。世界でも類を見ないテロワール追求型のウイスキー造りに、共感と好奇心を抱くのが伝わってくる。
中村 ヴァローナ社は2022年で創業100周年を迎えられたそうですね。おめでとうございます。
ナジブ ありがとうございます。
中村 実はジャパニーズウイスキーにとっても、2023年は誕生100周年の節目の年なんですよ。
ナジブ そうなんですか! 先ほど案内いただいた蒸溜所の中ではウッディな発酵室の美しさがとても印象的でした。原料だけでなく、設備や建材にも地元のものを使う発想がすばらしいと思います。
中村 意外と知られていませんが、静岡県は森林資源が豊富で、林業が盛んな土地柄なのです。せっかく静岡でウイスキーを造るなら、地元の環境を空間に生かすことで、よりこの土地ならではの味わいに近づけるのではという期待がありました。とはいえ、静岡のスギ材を発酵槽に仕立てることは日本酒の蔵でもやっていなくて、そもそも発酵に向くのかどうかの確証もありませんでした。
ナジブ 実験的な挑戦でもあったわけですね。結果はどうでしたか?
中村 発酵室にはオレゴン産パイン材の発酵槽も併設しているのですが、比較したところ発酵を促す乳酸菌などの種類が異なり、それぞれの木材の特徴が生きているのではと考えています。
ナジブ 蒸溜の熱源も蒸気ボイラーではなく、直火で。それもガスや石炭ではなく、薪を燃料に使う方法は世界的にも珍しいそうですね。
中村 200年前までは薪が使われていたようですが、現存するウイスキー蒸溜所では、おそらくここだけでしょう。初溜用には窯で薪をくべる特注の直火式蒸溜機と、「軽井沢蒸留所」から移設した蒸気式の蒸溜機の2台を使い分けていますが、薪を使うほうが火力調整は格段に難しいですね。
ナジブ それでも、あえて挑戦することにしたモチベーションは、どんなところにあったのでしょう。
中村 当初、蒸溜所の建設にこの地を選んだ決め手は、水質のよい水源があることでした。しかし、周囲の針葉樹林を見たときに閃いたのです。そうだ、森林資源を使ってバイオマスにする手があるじゃないか、と。この辺りで林業が盛んなことも知っていたので、産業の活性化や雇用促進など、地元への貢献につながるメリットも考えて導き出した選択でした。
生産者へのリスペクトがチョコレートの品質に直結する
“地域への貢献”は、世界各地に契約農園をもち、最高品質のカカオ豆の探求を続けてきた「ヴァローナ」にも共通する。
1986年、国外で初めてパートナーシップを結んだマダガスカルのミロ農園を皮切りに、現在*では14カ国、16,979カ所もの農園と提携。カカオを育てる水や土壌などのテロワールを守る活動と並行して、児童の就学環境を確保するための学校づくり、医療体制の充実に向けたメディカルセンターの創設など、農園で働く従業員や家族の生活基盤を向上させる取り組みにも尽力してきた。
*2022年時点のデータ
中村 企業としては大変な辛抱を要する活動ですね。どれも短時間で簡単に成果が引き出せるものではない。35年にもわたってこうした地道な取り組みを続け、揺るぎないパートナーシップを築かれていることに感銘を受けます。
ナジブ 持続可能でなければ意味がないのです。農園で生産されるカカオを市場価格より高値で購入するのも、農園の中でカカオ以外の農作物を育て、雇用の創出や収入源を増やす“アグロフォレストリー”の導入を働きかけるのも、働く人が農園の仕事に誇りをもち、将来にわたって自立した生活が可能になる環境を整えるため。カカオを育てる人たちが誇りを持てなくなれば、そこはもう良い産地とは呼べないわけですから。
中村 生産者をリスペクトする気持ちが、製品としてのチョコレートの品質にも影響するということになりますね。
ナジブ その通りです。地域の豊かさと、カカオ豆のクオリティは常にイコールの関係にあるもの。チョコレートメーカーが川上にいる生産者の損になるシステムをつくれば、そのシワ寄せは巡り巡ってチョコレートを扱うシェフや消費者など川下に及ぶ。すべてが循環するイメージです。そして、一度良いシステムを作ったら、続けていくことが何より重要です。革新的かつ意義のある取り組みには、必ずフォローしてくれる存在がついてきます。たとえば、かつての製菓業界では「カカオ生産に子供の労働はつきもの」といった見方が一般的でしたが、ヴァローナの取り組みに共鳴する他のメーカーが増えたことで、児童の労働をよしとしない考え方が消費者の間にも定着し、今も広がっています。
中村 よくわかります。静岡蒸溜所では、麦汁を取った後の搾り滓を業者に引き取ってもらい、牛の飼料として再利用してもらっています。クラフト蒸溜所としては新しい試みでしたが、他の新しい蒸溜所でも同様のリサイクルに取り組むところが増えてきました。ものづくりは原料も燃料も使い続けることが基本なので、地元生産者とのパートナーシップが不可欠だということを改めて実感しています。
プロフェッショナルを刺激し、ガストロノミーに奉仕する
地域への貢献と同じくらい、ヴァローナが使命としてきたのが、“ガストロノミーへの貢献”だ。常にシェフたちの創造性を刺激する新しいカテゴリーの製品を開発し、シェフの表現の可能性と食べ手が味わう楽しみを広げてきた。
たとえば、カカオ豆のブレンドは原料費を安く上げるための手法でしかなく、大量の砂糖で味を調整していた80年代、当時としては考えられないカカオ分70%の“世界一ビター、かつおいしいショコラ”として注目を集めた「グアナラ」(86年発売)。
ヴァローナと30年以上のパートナーシップで結ばれたマダガスカル・ミロ農園のカカオを100%使用した「マンジャリ」(90年発売)は、カカオ原産地特有の“テロワールを表現する”という視点を初めてチョコレートにもたらした。
交配をしていない白いカカオ品種のみから作る「イランカ」(12年発売)は、「カカオ品種の保全は、チョコレートの味の多様性を広げる」という信念のもと、ペルー北部ピウラ地区で絶滅の危機に瀕していた“グラン・ブランコ”の木を増やすことからスタート。
シングルオリジンをベースに、「ドゥーブル・フェルマンタシオン(二重発酵)」の発酵技術を確立し、カカオと同じ農園で育つバナナのフルーツアロマをカカオに移した「キダヴォア」(19年発売)は、アグロフォレストリーの取り組みを一つの製品に結実させた。
ナジブ ガストロノミーへの貢献という使命が、すべての商品開発の中核にあります。ヴァローナは常に、シェフの創造とインスピレーションの源となる提案を意識しているのです。個人的には、一番ウイスキーに合うと思うのは「ドゥルセ」(12年発売)ですね。ヴァローナのボンボンショコラでもドゥルセとウイスキーを合わせた製品があるんですよ。
ドゥルセは偶然をきっかけに生まれました。ヴァローナの専属シェフがホワイトチョコレートをホイロ(発酵庫)に入れたまま忘れていたところ、10時間後に美しいブロンド色の香ばしいアロマを備えたチョコレートに姿を変えていた。再現性を高めるための試行錯誤を重ね、商品化が実現したのは8年後のことですが、ブラック、ミルク、ホワイトしかなかったチョコレートの世界に、“ブロンド”という新しい概念が吹き込まれたのです。
中村 誰も想像しなかったものをかたちにする。同じ作り手としてワクワクします。
サステナビリティは我慢ではなく、よい循環をつくること
ナジブ ガイアフローでは、静岡産の大麦栽培に挑戦されているそうですね。
中村 はい。当初から国産大麦は使用していましたが、さらに2018年からは、“オール静岡産ウイスキー”のビジョンを形にするべく、静岡ではほとんど実績のなかった大麦栽培に挑戦することにしました。地元の農家さんや協同組合、県の公的研究機関の協力を得て、今では年間生産量の1割を地元産の大麦でまかなうまでに収量を上げています。
ナジブ 日本のウイスキー造りでは国産の大麦を使わないのですか?
中村 生産量が少ないので。ウイスキーの製造にはビールよりはるかに大量の大麦が必要ですし、製麦業者も少ないため、輸入モルトの3~4倍の値段になってしまいます。国内他社の99%は輸入大麦を使っています。
ナジブ 地域の人と協働する形が良い循環を生むことは、ヴァローナと農園の事業活動でも証明されています。共により良いものづくりに向かおうとする意識が、生産者の誇りにつながり、地域にメリットをもたらし、さらにクオリティを高めるサイクルが生まれるということですね。
中村 サステナビリティという言葉は、しばしば自己犠牲的な努力とセットで語られがちですが、実はそんな窮屈なものではない。社会や地域に還元できる仕組みがあれば、どこにいても良いものづくりができるし、ビジネスの持続可能性の流れにつながっていく。“ガイア(大地)フロー(流れ)という社名にも、もともとそんな意味が込められています。
ただし、“オール静岡産”の取り組みに関していえば、使命感よりも自分自身が世界初の静岡産ウイスキーを飲んでみたいから(笑)。若い人たちのウイスキーに対する反応を見ても、嗜好品としての面白さ、新しいおいしさを求めているんだなと感じることが多いですね。
ナジブ わかります。チョコレートも昔は“甘いものの象徴”という捉え方をされていた時代がありましたが、今は味わいの多様性、選ぶ楽しさに目を向ける人が確実に増えています。「このウイスキー、このチョコレートは、社会にきちっとコミットしていて信頼できる。そして間違いなくおいしいし、驚かせてくれる何かがある」。だから、常にフォローする人々が集まる。そんな“フロー”をつくっていければ理想的ですね。