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PEOPLE / 寄稿者連載

無垢チョコレートの愉しみ

蕪木祐介さん連載「嗜好品の役割」第7回 

2020.09.17

PEOPLE / LIFE INNOVATOR

連載:蕪木祐介さん連載

「無垢チョコレート」とは……

宝石のようなボンボンショコラ、濃厚でクリーミーな生チョコレート、香ばしいガトーショコラ、それぞれにチョコレートの魅力がある。

その中でも一番私が興味を持って作り続けているのが、無垢チョコレート。無垢チョコレートとはフルーツやナッツ、クリームなど、他の素材が入らないチョコレートのことで、いわゆるシンプルなタブレット(板チョコレート)。

10年以上、カカオ豆からチョコレートを作っている中で、チョコレートを素材と組み合わせる魅力よりも、シンプルな形の中にどのような風味表現をするかという課題に向き合い、興味深さを感じてきた。恐れ多くもチョコレート技師と名乗ることもあるけれど、ショコラティエとの仕事の大きな違いはそこだと思っている。

それぞれの感性で素材との組み合わせを立体的に表現するショコラティエに対して、自分が熟考するのはカカオ豆の個性を活かし、風味を昇華させて、チョコレートという形に落とし込むこと。香りの質、滑らかさ、口どけ等々を、豆の選定、ブレンド、焙煎、配合、微粒化、コンチングの様々な手法を組み合わせて、表現する。優雅な美しさが目を引き、様々な素材を使い合わせた調和感、複雑性が愉しめるショコラと比べて、私が作りたいものは素朴な形に収束し、削ぎ落とした中にも深みを感じるチョコレート。

豊かな自然の恵みを受けた、カカオ、そして農民の仕事の賜物であるカカオの風味をも素直に感じることができる無垢チョコレートも、日本人らしく愉しめるチョコレートの一つの形だと考えている。


珈琲とチョコレート

無垢チョコレートは油脂(ココアバター)が主成分。口に含むと、まずは油脂が融け、そこに含まれている香り成分が放出される。その後、唾液と混ざり乳化して、水に溶ける香り成分がたってくる。その点、口に含んでからの香りの移ろいが顕著なのも、無垢チョコレートの特徴だろう。そのまま食べてもいいが、色気のある嗜好品と合わせたい。うまく合わせると、相乗効果でお互いの印象をさらに引きたてることができ、それが飲み物と合わせる魅力だ。

チョコレートと合う飲み物でまず挙がりそうなのが珈琲だろう。しかし、私はなかなか相性が悪い組み合わせだと思っている。

苦い珈琲に甘いミルクチョコレートなどは魅惑の味かもしれない。その対比の美味しさは、ベトナムコーヒーにおけるコンデンスミルクと珈琲の強い苦みの対比、はたまた、寒い冬に食べる熱々の鍋に似たようなものだろうか。しかし、カカオの香りがふくよかなチョコレートほど、そして質の良いデリケートな珈琲であるほど、共に食べてみると香りや味が喧嘩してしまい、簡単に互いの良さを失ってしまう。水(珈琲)と油(チョコレート)、なかなか一筋縄にはいかない。



珈琲とチョコレートが同じ方向を向いてくれると、とても心地よい時間を過ごすことができる。深煎りの珈琲には、力強さ・ロースト感のあるチョコレートを、浅めの珈琲には酸味が鮮やかなビターチョコレートを合わせると、うまくまとまる。


矛盾するようだが、私は珈琲とチョコレートの専門店を営んでいる。
本当はどちらかに絞ってやった方が商売的にはやりやすかっただろう。それでも両方作っている理由は、どちらに対しても自分の作りたい欲、自分がやらないと気が済まないウズウズがあったからという理由以外にも、仲の悪い両者でも、同じ方向を向いた珈琲とチョコレートが出会った時の深い奥行き、心地良さを知ってしまったからだろう。組み合わせ方によっても印象は変化し、複雑な余韻が長く残る。

私の店は珈琲とチョコレートのマリアージュを楽しむというコンセプトを持たせているわけではない。珈琲だけで楽しむ深い味わい、チョコレートとお酒の組み合わせなど、気分に合わせてそれぞれを楽しんでもらいたい。その中でも、珈琲とチョコレートをご注文いただく方には、あれやこれや図々しいご提案ばかりしてしまっている。チョコレート屋であり、珈琲屋であるからこそ、どちらの味も活かしたく、譲れない部分もあり、お客様にも自分たちが美味しいと思うものを食べていただきたいと考えている。

美味しく食べるコツと言ってはなんだが、珈琲とチョコレートは一緒に口に入れない方が良い。チョコレートと珈琲では、油脂が主成分のチョコレートが圧倒的に強い。口中調理が得意な日本人とはいえ、一緒に口に含んでしまうとチョコレートに全て持っていかれてしまう。小さく割ったチョコレートを口に含んでゆっくり香りの移ろいを楽しみ、鼻腔に漂う残り香、戻り香と珈琲を合わせると、良い塩梅になる。せわしない時間には向かないのが無垢チョコレート。楽しむには余裕が必要だ。

蒸留酒とあわせて

お酒とチョコレートはとてもよく合う。若い頃はバーでお酒を飲みながら、鞄に忍ばせたチョコレートをこっそり口にして、良い気分に浸っていたものだ。

甘口のポートワインやシェリー酒はチョコレートの濃厚な味わいを受け止めてくれるし、固定観念を取っ払ってしまえば、やわらかい日本酒も、チョコレートを優しく包んでくれる。実は店でも日本酒を出していた時期があったが、イメージの力は絶大で、カカオと米をあわせる想像がしにくいゆえ、そのほとんどは私の胃袋に入っていった。確かに相性が良いとはいえ、私も日本酒と合わせるなら、酢の物や魚の方をとる。

ウイスキー、ラム、コニャック。蒸留酒とチョコレートをあわせると、大抵心地良い時間を過ごすことができる。香りやアタックの強さはチョコレートの力強さに負けないし、アルコールが口中をリセットさせるのか、とても品のある綺麗な味わいとなる。油がアルコールに溶けるのと理屈は近いのだろうか、蒸留酒を口に含むと、舌の上に残ったチョコレートの油脂が流れ、口の中が爽やかだ。それでありながら、鼻腔に残る両者の香りは複雑に長く残る。魅惑の時間だ。

ウイスキーとチョコレートは掘れば掘るほど、その虜となっていってしまう。香ばしいビターチョコレートとシェリー樽で熟成をとったウイスキーの甘い香りなど、最高の組み合わせだ。



チョコレートというと女性的に感じられるかもしれないが、男の嗜好品3Cといえば、COFFEE、CIGAR、CHOCOLATE。誰がいったことかはわからないけれど、男の酒の時間にもチョコレートは良いものだ。

夏のチョコレート

日本の夏は暑い。毎年暑くなっている気がするが、温暖化の影響も大きいのだろうか。無垢チョコレートは、暑い時期はその魅力が半減してしまうように思う。パキッと割れる質感、固いけれども口の中ですっと濃厚に融けて、香りが広がる感覚。口の中から消えた後も、立ち上ってくる残り香。それらは冷涼な季節の方が引き立つ。夏でも空調が整い、室内環境が均一にできるとはいえ、蒸し暑い季節に油脂が主成分の濃厚な無垢チョコレートは体が欲しにくい。少しでも温度が高い環境なら、そのスナップ性が失われ、凛々しさの無い腑抜けた味わいになってしまう。

私の店では、夏はいっそのこと販売しないという方法を取っていた。勤めでチョコレートを作っていた時は、どのようにしたら夏にも美味しく食べてもらえるチョコレートを作れるだろうと躍起になっていたものだが、そもそも季節に合わないものは作らないという勝手な真似をできるのは小さな店の特権だろう。有難いことに、それでも食べたいと言ってくださるお客様がいらっしゃるため、今年は夏場の製造も続けてはいるが、それでもだいぶ品種を絞って作っている。

以前にも言及したが、よく「カカオの生産国のカカオ農園で働く人たちはチョコレートが食べられないなんてかわいそうだ」と、その貧富の差を嘆く声を耳にするけれど、チョコレートを食べられないことが可哀想とは思わない。もちろん貧しいことは貧しいし、課題は多い。しかし、赤道直下の熱帯気候のカカオ生産国では、そもそもチョコレートは溶けてしまうので、流通させることができない。世界第2位のカカオ生産国であるガーナなどではチョコレートを食料品店で見かけることはあったが、それはその気候でも溶けないように、融点を高めに調整した口どけの悪いチョコレート。東南アジアに流通しているチョコレートも同様、融点が調整されたものが多い。やはり無垢チョコレートの楽しみは、涼しい気候で暮らす私たちの特権だろう。



アフリカの国ではチョコレートは溶けてしまう。そうは言っても味わってほしくて、保冷バックに入れて、チョコレートを持っていく。暑さでデロデロになってしまうのだが、食べてもらうと馴染みのない甘いミルクチョコレートは、大人子供に喜んでもらえるのも事実。



日中は暑い日が続いているが、朝晩は秋の匂いが感じられるようになってきた。涼しい風が気持ち良く、少し切ない。これからが褐色の嗜好品が似合う季節。秋の夜長、珈琲やお酒とともに、ゆっくり無垢チョコレートを楽しむ時間はいかがだろうか。


蕪木祐介(かぶき・ゆうすけ)
岩手大学農学部を卒業後、菓子メーカーに入社。カカオ・チョコレートの技術者として商品開発に携わる。2016年、自家焙煎の珈琲とチョコレートの喫茶室「蕪木」をオープン(2019年12月移転、再オープン)。2018年には、盛岡で40年以上愛されてきた喫茶店「六分儀」(2017年11月に閉店)を、佇まいはそのままに「羅針盤」の名前で復活させた。著書に『チョコレートの手引』、『珈琲の表現』(共に雷鳥社刊)。
http://kabukiyusuke.com/





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