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余熱のおすそ分けで“地域の公共窯”に。「パン屋塩見」の薪窯

SDGs時代の「薪火」活用術 04

2022.05.09

余熱のおすそ分けで“地域の公共窯”に。「パン屋塩見」の薪窯 SDGs時代の「薪火」活用術 04

text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo

連載:SDGs時代の「薪火」活用術

都会のど真ん中の薪窯で焼く――それがパン職人・塩見聡史さんの選んだ生き方です。
東京・代々木にある「パン屋塩見」が作るのは、カンパーニュ、食パン、ビスケットの3種。種類を揃えるより、小麦や酵母、薪や火と向き合う仕事を大切にしています。
2021年2月、塩見さんは薪窯の利用を顧客に呼びかけました。「薪窯は、パンを焼き終えた後も長時間、熱を保ち続けているんです。イートインメニューのスープやまかないの調理に使うだけではもったいなくて、いっそ一般に開放しよう、と」地域の人々への余熱のおすそ分けというわけです。

目次






【なぜ、薪火?】薪窯で焼く面白さに深入り

沖縄での大学院生時代、たまたま「宗像堂(むなかたどう)」でアルバイトをする中で薪窯に魅了されたのがきっかけです。
店主の宗像誉支夫(よしお)さんは、地元のおばぁから受け継いだ酵母でパン生地を作り、自作の薪窯で焼いていました。発酵が進んで生地のテンションが上がっていく、その一方、炉床で燃やした薪が窯を温めていく。酵母の活動と火のパワー、2つのエネルギーのタイミングを合わせるのは大変だけれど、面白くて楽しかった。それが僕のパン職人としての原点と言えます。

だから、独立の大前提が薪窯で焼くことでした。薪窯を設置するにはある程度の広さが必要だろうし、薪の調達しやすさや排気・排煙などを考えると、田舎のほうがいいだろうなと、当初は、実家のある小田原をはじめ地方で物件を探していたんですね。
ただ、僕は「宗像堂」の後、東京・富ヶ谷の「ルヴァン」で働き、重くて大きくてぼそぼそっとした、でも、噛み締めるごとに心身に沁みていく滋味深いパンに惚れ込んでいた。ああいうパンを薪窯で焼いて、配送ではなくて、お客さんの顔を見ながら手渡したい。と考えていったら、それが成立するのは田舎より都会じゃないかって思えてきた。
僕が、代々木の住宅街の真ん中で、薪窯でパンを焼く理由はそこにあります。

本当にやりたいこと、長く続けられることを徹底的に考えて選び抜いた。それが「薪窯で焼く」「パン製造は自分一人で」「アイテムは3種」。

栃木県上三川町の上野長一さんの無農薬小麦による自家製発酵種で生地を作る。

その日のパンに使われている小麦の産地を黒板で知らせる。photograph by Satoshi Shiomi


【設備】先達に導かれて自作した薪窯

内装は「ReBulding Center JAPAN(リビルディングセンタージャパン)」に依頼しましたが、窯は自作です。基礎工事を施してもらってから、自分で断熱煉瓦や耐火煉瓦を組んでいきました。何度も何度も設計を見直して、煉瓦が何個必要なのかを地道に数えて発注。薪窯の先輩である広島市「ドリアン」の田村陽至シェフや京都・丹後の「弥栄窯(やさかがま)」太田光軌シェフには多くのアドバイスをいただきました。彼らが実践する中で培ってきたノウハウの伝授がなければ形にならなかったでしょう。
天井高を上げられなくて土の床を35cm掘り下げたり、とびきり頑丈なブロックで囲った外側に極厚耐火ボードを貼ったり、防火対策は入念です。

窯の上部、アーチ部分を制作中。完成後も、この上に砂を張って蓄熱性を向上させるなどメンテナンスを怠らない。photograph by Satoshi Shiomi

窯の上部、アーチ部分を制作中。完成後も、この上に砂を張って蓄熱性を向上させるなどメンテナンスを怠らない。photograph by Satoshi Shiomi

【薪】街路樹の剪定枝も活用

店の場所を代々木に決めた直後、渋谷・原宿辺りを歩いていて、都心にもけっこう樹木が生えていることに気付きました。台風の翌日など丸太や枝が転がっていた。「剪定や伐採された街路樹の枝を薪にできないか」と考えたことが、薪の仕入先のひとつ、東京・世田谷の「都市森林」の湧口善之さんとのお付き合いの始まりです。湧口さんは都市の剪定木や伐採木を使って家具を作るなど、街の木の生かし方を考えている人。
ほかに、山梨の「塩島善一葡萄園」や、趣味で薪づくりをしている八王子の方からも仕入れています。八王子の方は4年物、5年物の薪をストックしていて、それらはさすがによく乾燥していて、硬く目も詰まり、火の持ちがいいですね。

樹種は、ヤマザクラ、クヌギ、ナラなど。塩見さん自ら薪づくりの現場を訪ねていき、薪割りの手伝いをすることも。


【技法・その1】薪窯と焼き手はセットである

現代は、ホイロや冷蔵庫、ドウコンディショナーといった機器を活用するパン作りが浸透しています。その点、僕は温度を一定に保つような機器は使わず、寒ければ窯の前へ置き、暑ければ窯から遠ざけるといった原始的な方法で生地を作る。季節や天候に左右されやすい、毎日同じ仕上がりにはならない作り方と言えるでしょう。
でも、そもそも薪窯自体が、その日の気温や湿度、薪の状態によって燃え方は変わり、毎日同じような火の入り方をすることはない。日々、生地の状態も焼け方も味わいも微妙に違うわけで、薪窯で焼くパンとはそういうものです。

つまり、薪窯でパンを焼く技術をメソッドとして語るのはむずかしいと言える。想像してみてください。薪窯で評判のパン職人がうちへ来て、上手く焼けるかといったら、すぐには無理でしょう。なにしろ、窯内に生地を入れたらあとは窯任せ、手出しできないのが薪窯です。窯のクセや薪の性質を把握していなければ、対処のしようがない。窯と焼き手はセットなのです。個々の窯や薪の扱い方そのものが技術であり、窯と焼き手を切り離して語ることはできません。

「パン屋塩見」プロモーションムービー制作:モノサス映像研 河原崎平

【技法・その2】余熱を無駄にしないために

高い温度を必要とするアイテムから順に焼いていくのが、パン窯の鉄則です。朝5時から窯に火を入れて、8時半頃まで燃やし続けます。窯内の温度を350℃くらいまで上げて、そこから下がる熱で焼いていく。窯入れの温度はその日のパン生地の状態や気候条件にもよりますが、280℃くらいになったところでカンパーニュ、230℃で食パン、210℃でビスケットの順に焼き上げます。窯の温度に従うと言えばよいでしょうか。

その日の窯出しが終わった時点で、窯の中はまだ200℃を超える熱さを維持しています。翌朝で180℃、休日を挟んだ翌々朝で150℃。それくらい薪窯は熱を蓄えるものなんですね。
この余熱、もったいなぁと思っていたところ、神田のレストラン「The Blind Donkey(ザ・ブラインド・ドンキー)」のシェフ、ジェローム・ワーグさんが彼の子供時代の話をしてくれたんです。


ジェロームさんの話
「わたしが育ったのは、南仏プロヴァンスのボニューという小さな村です。日曜日になると、私の親とその友人たちは、チキンなどの食材を鍋に入れてパン屋さんの薪窯に預け、加熱してもらっていたんですよ。でき上がるまでの間、親たちはカフェやバーへ行き、パスティスなどを飲んで、おしゃべりを楽しみながら、食材に火が入るのを待っていました。パン屋さんの窯の余熱を活用させてもらっていたんですね。
村には大きな森があって、パン職人はその森で薪を調達していたようです。
私が10歳頃の記憶で、景色も香りも美しい思い出です。

フランスの田舎では同様のことが行われていたのではないかと想像します、決して多くはないだろうけれど。
実は、モロッコでも似た経験をしているんですよ。
ポップアップイベントでモロッコを訪れた時のことでした。街中に公共の窯があって、地元の住民が食材を持ってきては預けていくんです。ハマム(公衆浴場)でも同じような光景を見ることができました。人々が食材を入れたタジンを持参してきて、浴場のかまどに預けていく。かまどの灰にタジンを埋めるようにして一晩置くことで、低温でじっくり火入れしているんですね。そう、モロッコではかまどをシェアしているんです」

ジェロームの話にヒントを得て、「薪窯の余熱を使ってもらおう」と始めたのが「薪窯一般開放」です。「食材を入れた鍋を持ってきてくれれば、パンが焼き終わった後の余熱で加熱しますよ」と告知したのが、昨年2月。以来、毎週お持ちになる近所の常連さんもいます。
鶏肉とジャガイモのロースト、マリネした豚の塊肉、ラタトュイユなど、みなさん思い思いの食材を鍋に詰めてこられます。ミートローフのように鍋いっぱいにハンバーグの生地を詰めてきた人もいる。パワフルな熱が全方位的にやわらかく入っていくから、食材の持ち味が引き出される。みなさん、絶賛されますね。調味せずに野菜を丸ごと鍋に入れてくる人もいます。その野菜でカレーを作るととびきりおいしいそうです。この地域のこども食堂が鍋にサツマイモをぎゅうぎゅうに詰めてきて、店の前で焼き芋を食べる会をやったこともありました。

ジェロームとは、昨秋、コラボイベントを開催。薪窯の余熱でジェロームがプルドポークを作り、それを僕のパンでサンドイッチにするという、薪窯フル活用メニューを提供しました。

「薪窯一般開放」のチラシ。鍋を持参する際の注意点が細かく書かれている。

蓋も把手も金属製の鋳鉄鍋かホーロー鍋に食材を入れて塩見さんに託す。

蓋も把手も金属製の鋳鉄鍋かホーロー鍋に食材を入れて塩見さんに託す。

肉はジューシーに、野菜はホクホクに、いずれも味わいが凝縮されて仕上がる。

昨年10月のコラボイベントで語らうジェロームさんと塩見さん。photograph by The Blind Donkey

10kgの豚肩肉の塊を薪窯の余熱で一晩じっくり火入れしたプルドポークを挟んでいる。photograph by The Blind Donkey


【ヴィジョン】みんなの熱源になりたい

地域の公共窯になれたら最高だなと思っています。
街の樹々の間伐や剪定の受け皿になり、窯が蓄えた熱をみんなで共有し、店(窯)の前が人々の集う場となる。
ジェロームの話が示すように、ヨーロッパでは昔、村に共同窯があって、村人たちがパンを焼きに来ていたと聞きます。ここがみんなの熱源になれたらいいなと思う。
薪窯から出た灰を店の前に置いて、欲しい人は持ち帰れるようにしています。アク抜きや肥料に使ってもらえるんじゃないかって。
薪窯だからこそ、パンを焼くだけではない役割を果たしていけると思っています。

井戸端会議のように、店の前でコーヒーやトースト、スープが楽しめる。

塩見さんのお気に入り和歌山市「喫茶ピュア」の特注「SHIOMI BREND」を丁寧にドリップで淹れる。

持ち帰り自由の薪窯の灰。効能は様々、使い道いろいろ。



塩見聡史(しおみ・さとし)
神奈川県小田原市生まれ。沖縄県宜野湾市にある「宗像堂」でアルバイトをするうちに薪窯に魅せられ、パンの世界へ。東京・富ヶ谷「ルヴァン」で製造責任者として働いた後、徳島県神山町「フードハブ・プロジェクト」の立ち上げに際してメニュー開発に携わる。2020年11月、東京・代々木に「パン屋塩見」を開業。

◎パン屋塩見
東京都渋谷区代々木3-9-5
☎03-6276-6310
12:00~18:00(売り切れじまい)
水曜、木曜、第1・3火曜休み
Instagram:@shiomi_pain

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