【大公開】薪火調理はここまで進化している!横浜「SMOKE DOOR」の繊細で多彩な薪火テクニック
2022.09.12
text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo
SDGs時代の薪火活用術06
「48時間調理したチキンの薪焼き」「熾火の中で瞬間火入れした海老」「遠火で2日間吊るしたマイタケの薪焼き」「24時間炙ったカリフラワーの薪焼き」「4日間かけてつくるビーツのロースト」・・・2022年4月、横浜にオープンした「SMOKE DOOR」の薪火使いは独創的でバラエティに富み、しかも繊細だ。直火で焼き上げるだけという調理法はごくわずか。食材のスイートスポット(食材が最も花開く瞬間)を引き出して皿にのせるため、タイラー・バージズシェフが繰り広げるのは、薪火のポテンシャルと食材のポテンシャルの掛け算と言っていい。
目次
- ■【なぜ、薪火?】火と食材だけで成立する、自由度の高い加熱法
- ■【設備】ハース(薪場、炉)の細部まで活用する
- ■【技法その1・熱の質】“炉内の位置+熱の質+時間”で使い分け
- ■【技法その2・焼き方】食材の持ち味×火と熱の扱い=頂点の味
- ■【ヴィジョン】封印された薪火のポテンシャルを解き放つ
【なぜ、薪火?】火と食材だけで成立する、自由度の高い加熱法
私の薪火のテクニックは、サンフランシスコの「Saison(セゾン)」で培われました。2012年にジョシュア・スキーンズがオープンし、2014年には薪火料理として全米初のミシュラン三ツ星を獲得したレストランです。
「温度、食感、味、バランス、様々な側面から見た時に、素材の良さを最も引き出す調理法が熾火」というのがジョシュアの考えで、熾火を使って、直火で焼く、乾燥させる、スモークするなど、様々なテクニックを駆使します。日本では2019年10月に石川県輪島市で開催されたDINING OUT(野外レストランイベント)にジョシュアが招かれ、私も同行しましたが、その折には、塩をスモークする、ワカメを低温で5~6時間かけてチップにする、昆布で包んだキャビアを温める、アワビを強火で香ばしく焼く、ラムバターを染み込ませたパイナップルを2時間焼く、イノシシの骨を炙って脂肪分を溶かす、ご飯を藁苞(わらづと)に包んで炙る、といった調理を薪火で繰り広げました。
なぜ、薪火を使うのか? 熱と食材の間に別の要素がほぼ介在しないで済むからです。フライパンで焼けば、フライパンの面が食材に接することで焦げる、縮むなど、なんらかの作用が生じます。オーブンであれば閉塞空間が生む圧力がかかるでしょう。その点、薪火は、シンプルに火と食材で成立する加熱法であり、食材に対して熱以外の影響が少なく、食材への損傷も少ないと考えていいと思います。
また、薪火ほど自由度の高い熱源もありません。薪の焼成段階によって熱の質が変わり、薪から上がる炎で焼くのか、熾火になってから焼くのかではまったく異なる火入れができる。約200~1200℃という温度の幅を持ち、うちわの扇ぎ方ひとつで温度調節も可能です。火加減を細かく調整しながら焼き方に強弱を付けるだけでなく、煙の香りだけ付ける、乾燥させるといったこともできる。瞬間なのか長時間なのかという時間の要素を加えれば、バリエーションはさらに広がります。見極める眼と技さえあれば、火入れだけで最高においしくできるし、食材単品で食べ手を驚かせる味わいを引き出せる。特別な調味料や斬新な食材の組み合わせの必要もありません。
【設備】ハース(薪場、炉)の細部まで活用する
私は、2017年にセゾンに入ってエグゼクティブ・スーシェフを務め、さらに姉妹店「Angler(アングラー)」ビバリーヒルズ店のシェフを任されていました。アングラーのハース(hearth 薪場、炉)はセゾンの進化版で、SMOKE DOORではアングラーをベースに自分たちで設計して施工会社に形にしてもらっています。レストラン部分だけで88席という大規模店なので、ピーク時には2人の焼き手で調理できるよう、ハースを広く取っています。
【技法その1・熱の質】“炉内の位置+熱の質+時間”で使い分け
薪に着火してから燃え尽きるまでの間には、熱の質が刻々と変化するため、どの状態で火入れするかを見極めることが大切です。食材に対して、どんな熱を加えるとどんな性質が引き出されるのかを把握した上で使い分ける必要があります。
燃え盛る薪の炎で食材の表面を炙るように焼くのか。熾火の遠赤外線で芯から火入れするのか。炉の天井に吊るしておくことで低温長時間加熱を施すのか。薪の熱の質の違いの使い分け、炉という空間のどの場所を使うのか、時間をどのくらいかけるのか、これらの組み合わせ次第で火の入り方は様々に変わるのです。
【技法その2・焼き方】食材の持ち味×火と熱の扱い=頂点の味
薪火を使う理由として、食材以外の要素の介在を抑えられるからと述べましたが、それは調味においても変わりません。薪火調理の極意は食材の持ち味を引き出すことにあり、それができる以上、調味料などは最小限でいいと考えています。
●「48時間調理したチキンの薪焼き」
ポイントは、鶏の持ち味が立ち上がるようなマリネをしておくこと、鶏肉本来の肉汁が維持されるように水分量の調整を図ること。表面はパリッと、中はジューシーに焼き上げます。
●「熾火の中で瞬間火入れした海老」
「エビは半生が最もおいしい」との考えから、その状態にするための焼き方です。頭と殻は香ばしく、身はレアに仕上げます。
●「遠火で2日間吊るしたマイタケの薪焼き」
ハースの天井部に吊るしておくと水分が抜けるので、シイタケと海藻でとっただしを調理前にスプレーして水分を補います。水っぽくならないよう、扇風機で表面を乾かしてから火入れに入ります。
●「4日間かけてつくるビーツのロースト」
ハースの天井に設置する「バーベキュー・イン・ザ・スカイ」、つまり超遠火による長時間加熱には糖分調整という意味もあります。時間をかけて水分を抜きながら糖度を上げていくわけです。ビーツのローストはその効果を最大限生かした調理法と言えます。
●「茄子のロースト おいしいところだけ」
いわゆる焼き茄子です。そのまま丸ごと熾火の中に突っ込んで約1分半ほどで焼き上げます。
【ヴィジョン】封印された薪火のポテンシャルを解き放つ
薪火は最も原始的な調理法です。熱源としては不安定で手間がかかります。そこで人類は、安定した熱を維持できる様々な調理機器を発明してきました。オーブン、ガスコンロ、真空調理機、電気レンジ、電磁調理器、スチームコンベクションオーブン・・・。デジタル化されて、温度設定をすれば、一定の温度が安定的に加えられるようになっています。おかげで、人は鍋の中に集中できるようになった。そして、レシピや調味の開発に一生懸命になりました。その分、火をどのように使いこなすのか、火の扱い自体が調理であるという感覚が置き去りにされたと言えるかもしれません。
私は、2017年から薪火に取り組んできて、薪火の熱の使い方自体にクリエイティビティがあると感じてきました。薪火の熱は千変万化。安定していないからこそ、移り変わる火のどこを捉えるかでまったく異なる火入れが可能になります。
人間は便利な機器を発明したことで、薪火のポテンシャルを封印してしまったのだと思います。その封印を解き放ち、SMOKE DOORの料理で薪火のポテンシャルを具体的に示していくことが、私のミッションであると考えています。
タイラー・バージズ Tyler Burges
1988年生まれ。NYの料理学校CIA(The Culinary Institute of America)を卒業後、米国のミシュラン二ツ星「Coi」、三ツ星「The Restaurant at Meadowood」、一ツ星「Michael Mina」、一ツ星「Caviar Russe」等を経て Saison Hospitality に入社。レストラン「Saison」でエグゼクティブ・スーシェフに従事。姉妹ブランドでミシュラン一ツ星を獲得した「Angler(アングラー)」ビバリーヒルズ店でシェフを兼任。2019年、石川県輪島市で行われたDINING OUTの料理人として来日した際、日本の食材や文化に魅了され、日本移住を決意。2022年「SMOKE DOOR」エグゼクティブシェフに就任。
◎SMOKE DOOR
神奈川県横浜市西区南幸 2-16-28 HOTEL THE KNOT YOKOHAMA 1F
☎050-3174-8172
レストラン 7:00~23:00
モーニング 7:00~11:00 (10:30LO)
ランチ 11:30~14:00 (14:00LO)
カフェ 14:00~17:00
ディナー 17:30~23:00 (フード22:00 ドリンク22:30LO)
カフェ・バー 7:00~23:00
Instagram:@smoke_door