「北海シェフ協会」がブランドになる。水産卸業者との取り組み。
「北海シェフからの便り」vol.5
2022.06.28
text & photographs by Aya Ito
連載:北海シェフからの便り
2018年4月~2020年2月にかけて、「海洋資源を巡るエコシステムを創る 北海シェフからの便り」として全9話でお届けした記事を再公開します。一人の料理人の思いが北海のエコシステムを変えることになった、その道のりを紹介します。
流通に関わる。マーケットに近づく。
2016年から「北海シェフ協会」は、ベルギーで1、2を争う水産卸業者として知られるアイスランディック・ガデュス社と共同で事業を始めた。
ガデュス社は1986年の創業。鮮度の高い魚を仕入れて加工し、卸売りをすることを専門として発展してきた信頼の厚い会社だ。2010年代に入って、冷凍加工・卸業で有名なアイスランドの漁業企業連合の傘下に入ったが、ガデュス社の信頼性の高いトレーサビリティと加工システムによってヨーロッパ市場に食い込んでいく姿勢は欧州の同業者にも魅力的に映っているのだろう。
「ガデュス社とタッグを組めるようになったのは、私たちにとって、さらに大きな一歩となりました」と「北海シェフ協会」代表のフィリップ・クライスは言う。
クライスは、北海という海のエコシステムを有効にすることを主眼に置いて、「北海シェフ協会」を2010年に立ち上げて活動してきた牽引者であり代表者だ。北海のローカル性を表現してくれる雑魚(彼は雑魚を「忘れられた魚」と呼ぶ。理由はVol.3参照)を、食卓に上らせることを目的として活動している。どこの海でも捕れる高級魚ばかりがもてはやされて流通に乗り、雑魚は水揚げされてもそのまま海に廃棄されてしまうという現状を、クライスは黙って見ていられなかった。雑魚にこそ北海というテロワールを表現する力がある、その価値を見出すことができるのは自分たち料理人ではないかと、有機的な流れを生み出すことに力を注いできた。
「北海シェフ協会」は、ベルギー1の漁港であるゼーブルージュの魚市場を取り仕切るフランドル鮮魚卸市場組合VVVなどとの連携を深めてきた。料理人たちを集め、定期的に魚市場の訪問をしたり、雑魚の調理法のディスカッションを行ったり。それを「北海シェフ協会」のサイトを通して広く伝える取り組みを地道に続けるなど、マーケットを動かすための様々な活動をしてきた。物流や商流が動き出した手応えを感じ始めた時に、ガデュス社の営業部長ステファン・ヴァン・カンペン氏との出会いがあったという。
手で捌き、眼でチェック。人間とシステムが共に力を発揮。
ガデュス社のこだわりは鮮度と捕獲に関するサステナビリティである。
例えば、RFID(自動認識タグ)管理された魚市場の鮮魚を、自社トラックで工場までほぼ45分で輸送させるシステム。工場に運ばれた魚は直ちに仕分けされ、トレーサビリティを確保するために、すべてスキャンにかけられる。また、梱包時には包装内の空気を除去して他のガスを充填するMAP(ガス置換包装)を10年前に導入。MAPによって食品の変質が防止されて、流通の最適化が図られるため、業務用食材の仕入れ総合卸「メトロ」や大型スーパーマーケットの「デレーズ」や「カルフール」、「マクロ」などとの取引もより堅固になっているということだ。
親会社であるアイスランドの漁業企業連合は冷凍の水産物で知られるが、ガデュス社はサステナブルな漁法で釣れた鮮魚しか扱わない。
「我々が常に意識しているのは、お客様のすぐそばにあるということ。注文から24時間以内に確実にお届けする、明瞭なトレーサビリティに力を入れる、また、鮮魚の品質保持のために1つの包装につき20サンチームの経費をかけているのは、他の企業にはないことだと思います。MAPの導入は、魚の変質による廃棄を減らすためでもあります」とヴァン・カンペン氏。
エコシステムを正常にしていくという思いで活動をする「北海シェフ協会」と思いを分かち合うことになったのは、いわば自然の流れだった。
ガデュス社は、以前より、仲買業者に魚のカタログを配布していた。そこで、北海シェフ協会のメンバーが考案したレシピをカタログに取り入れることに。思いの外反響がよく、「北海シェフ協会」をブランド化することになったのだという。それは「忘れられた魚」の価値を高めると同時に、業者はもちろん消費者の意識改革につながるムーブメントを起こすことになるだろう。ヴァン・カンペン氏は、「北海シェフ協会ラベル商品の売上は、今のところ、ガデュス社全体の5%だが、向こう数年で20%まで伸長するのではないか、いや、ぜひ伸ばしていきたいと思っている」と期待を寄せる。
「メトロ」や「カルフール」への流通はまだ始まったばかり。成果が報告されるのはこれからである。
北海シェフ協会が築くエコシステム
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