精鋭シェフ20人による魚の「研究チーム」による力とは?
「北海シェフからの便り」vol.8
2022.07.19
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text&photographs by Aya Ito
連載:北海シェフからの便り
海洋資源を巡るエコシステムを創る「北海シェフからの便り」
2018年4月~2020年2月にかけて、全9話でお届けした記事を再公開します。一人の料理人の思いが北海のエコシステムを変えることになった、その道のりを紹介します。
20人の精鋭から成る研究チーム。
フィリップ・クライスさんが、同志の料理人であるリュディ・ヴァン・ベイレンさんと共に、公式に「北海シェフ協会」を創設したのは2011年のことだった。8年を経て、協会のサポーターは、料理人を中心に今や1400名にものぼる。
今年(2019年当時)からはオランダのシェフたちとも連携を組み、北海の国境越えに挑んでいるところである。
海洋資源のサステナビリティを訴えるイベントやマニフェストは様々な国で行われているが、北海シェフ協会が漸次的に魚の物流や商流を変え、漁師たちの経済の改善をもポジティブに図ることができているのは、シェフたちの連携が堅固で、組織的に行われているからだ。
その成功はとりわけ、2013年に創設された“研究チーム”の活動とも関係している。
研究チームとは、サポーターから選ばれたモチベーションの高い20名のシェフから成り、任期は2年。様々なイベントの要員として参加し、スポークスマンとしての役割を果たすのはもちろん、定期的に魚の研究活動を行い、北海の魚に関する知識や技術の普及を任務としている。今のチームで3期目、すでに計60名が研究チームメンバーとして活動してきたことになる。
ヘンク市の「レストランU」オーナーシェフ、ヨー・レメンズさんも現研究チームのメンバーだ。北海シェフ協会のサポーターになったのは5年前。
レメンズさんは、2年前に店を立ち上げる直前まで、ベルギーで注目される若手シェフ、マーテン・ヴァン・エッシュシェフの下で働いていた。ヴァン・エッシュシェフはローカル食材にこだわるラディカルな姿勢で知られる。レメンズさんも、ローカル食材のすばらしさをお客に伝えることを第一義に考え、情報を収集する中で北海シェフ協会の存在を知り、サポーターになった。そして、研究チームメンバーとして、協会に貢献することを強く望んだ。候補者は多く、志願書などによる選抜に勝ち残らなければならないが、レメンズさんは晴れて2018年、チームメンバーとして任命されたのである。
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ヘンク市の「レストランU」オーナーシェフ、ヨー・レメンズさん。
貢献したメンバーたちには、2019年から本格的に協会のロゴ入りプレートが配られることになり、レメンズさんも会長のクライスさんより直接手渡された。2016年に、北海シェフ協会にサステナビリティ・アワードを授与したベルギー版ゴ・エ・ミヨガイドが、ガイド推奨の協会ラベルのレストランを紹介するなど、ロゴ入りプレートにはお客からの反響も大きい。
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ベルギー版ゴ・エ・ミヨと北海シェフ協会のロゴ入りプレート。「レストランU」で。
メンバーが魚の特徴、調理法、レシピを徹底研究。
研究チームのメイン活動は「ブルー・ボックス」だ。2ヵ月に1度、研究チームの全メンバーに、旬の魚を何種類か入れたボックスを配達し、分析を仰ぐというものである。
メンバーはボックスを受け取り次第、各魚の特徴や処理法、調理法における長所・短所、気づいた点などを含めた分析を詳細に記し、その分析を踏まえたレシピを提出。サイト上ですべてを公開する。北海シェフ協会のサイトに登録した人であれば、料理人も一般の人も検索できるようになっている。
この分析表の良さは、学者によるアプローチではなく、実際に料理をする現場の人間の意見を知ることができる点とキッチンで魚を扱う時のイメージがしやすい点にある。
2019年4月からは、体裁の良いレシピ入り冊子も作成。協会とパートナーシップを結ぶ水産卸業者ガデュス社が、取引先である11軒の「メトロ」と6軒の「マルコ」などプロ向けのマーケットに北海シェフ協会のラベル入りボックスと共に配布したり、各メンバーが店に置くなどして、多くの人々の目にとまるようになった。料理人や魚屋などの購買力を高めるきっかけとなっていることは明らかだとガデュス社も太鼓判を押す。ちなみに、ヴァン・エッシュシェフは8月号「PLADIJS(ヒラメの一種)」で4種のレシピを紹介している。
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プロ向けマーケット「メトロ」の売り場に置かれた北海シェフ協会によるレシピ入り冊子。
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毎号、魚の種類を絞って特集。デザイン性も優れている。
レメンズさんの店「レストランU」のあるリンブルフ州ヘンク市の隣町ハッセルトにも「メトロ」がある。レメンズさんは毎朝、その「メトロ」に足を運び、北海シェフ協会ラベル入りのボックスから魚を買うという。
「メンバーになる以前から、北海だからこそ手に入る知られざる魚に興味があり、そのレシピ作りに積極的に取り組んでいました。店のメインダイニングの真ん中に、キッチンを囲むU形のカウンターがありますが、それはお客さまと直接会話をするため。料理しながら、ベルギー産の素材や調理法について分かち合いたい。おかげで、一般向けの市場ではまだ手に入らない、珍しい北海の魚についても、今ではお客さんに知ってもらえるようになりましたし、協会の認知度も高まりました。それを目当てにいらっしゃる常連も増えています」とレメンズさんは言う。
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「メトロ」で北海シェフ協会のボックスから魚を選ぶレメンズさん。毎日足を運ぶという。
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レメンズさんの店には客と会話するためのカウンターが。店のメインダイニング中央にカウンターを設けたのは、客に素材や調理法について直接話したいという思いから。
ルセット(トラザメ)の串焼きはレメンズさんのスペシャリテのひとつ。レメンズさんはサイトの分析表でルセットについて「皮や軟骨を取り外すのに熟練が必要だが、エイ科である魚の肉質はしまっており、弾力のある口当たりが魅力的。炭火焼などで外側はこんがり、中をふっくらと仕上げることを推奨する」とコメントしている。
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奥に設けた炭火コンロで、ルセット(トラザメ)の串焼きをするレメンズさん。
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トラザメを炭焼きにして、表面は香ばしく、中はふっくら仕上げる。鰻の蒲焼きをイメージして焼き、醤油とベルギーでは伝統的な洋梨シロップをタレにして塗り付けた。
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炭火焼にしたルセットを、煮込んでローストにした仔牛タン、ブイヨンとともに。合わせるドリンクは、切れ味のよいベルギー産クラフトビール。
国境を超えて研究に参加。
オランダと提携を始めたことをきっかけに、2019年は、オランダのシェフたちにも研究チームに参加してもらうことになった。先の9月「ブルー・ボックス」を配ったばかりという。近々、彼らが北海の魚をどのように評価したかをサイト上で発表する予定だ。国が異なる料理人たちからの意見も、ベルギーの人々にとって、視野をさらに広げるきっかけになるだろうとマネージャーのヤン・ヴァン・ドゥ・ヴァンさん。北海の魚の可能性は国境を超えてさらに広まりつつある。
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「メトロ」の業者向けソワレ・イベントで。スポークスマンとしての役目を果たすレメンズさんと北海シェフ協会マネージャーのヤン・ヴァン・ドゥ・ヴァンさん。
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2019年、レメンズさんは、フィリップ・クライスさんより、貢献したシェフを労う北海シェフ協会ロゴ入りプレートを手渡された。
北海シェフ協会が築くエコシステム
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<OUR CONTRIBUTION TO SDGs>
地球規模でおきている様々な課顆と向き合うため、国連は持続可能な開発目標 (Sustainable Development Goals) を採択し、解決に向けて動き出 しています 。料理通信社は、食の領域と深く関わるSDGs達成に繋がる事業を目指し、メディア活動を続けて参ります。
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食材として未利用魚の可能性を探る。
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未利用魚のレシピを広め、価値を高め、魚種ごとの漁獲量が偏らないようにする。
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国境を越えて料理人と漁師、卸業者と連携をとる。