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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

ベストな瞬間を逃さないための、最短距離の仕事

東京・桜新町「パティスリー ビガロー」石井 亮

2024.04.18

ベストな瞬間を逃さないための、最短距離の仕事

text by Rieko Seto / photographs by Masahiro Goda
(写真)「タルト・オルディネール」。大切にしているのは、一体感。ラム酒が濃密に香るクレーム・ダマンドに、しっとり柔らかくもサクッとほどける食感のパート・シュクレが調和する。

連載:ロングセラーなお菓子の秘密

一度食べたら忘れない、「この人のお菓子をまた食べたい」と思わせるお菓子には、その人にしか描けない味の着地点と、おいしくなる原理原則が詰まっています。
若手からベテランまで、6人のパティシエの人格のあるお菓子への道筋を解き明かします。第5回は東京・桜新町「パティスリー ビガロー」のタルト・オルディネール。

石井 亮さん

石井 亮さん。94年、東京・田園調布「レピドール」でキャリアをスタート。さいたま「山口屋」を経て00年渡欧。ルクセンブルグやパリで3年間修業。帰国後「レピドール」のシェフ・パティシエを11年務め、2014年独立。


ホームページに書かれた「きっちり真面目な美味しいお菓子」」と言う言葉。それは、「パティスリー ビガロー」のシェフ、石井亮さんの菓子作りをよく表わしていると思う。

仕事を見れば、とにかくきれいで無駄がなく、生地を移した後のボウルも、生地を作り終えた後の作業台も使わなかったかのようにピカピカだし、カットされたケーキやタルト角はかっちり直角。クリームや生地をすくい取ったり、のばしたりするのもこれ以上はないだろうという最短距離でカードを動かし、あれよあれよと言う間に作業は終了。職人ならではの体にしみついた正確さとスピード感が、なんとも小気味いい。

それを叩き込んだのは、製菓学校を出て住み込みで働いた「レピドール」の元シェフ、寒川正史さんだ。「1年目は『だらしない私生活をする奴がいい仕事をするわけないだろ』って言われて、部屋の整理整頓から生活態度まで、徹底的に指導されました。そして2年目は厨房で、手に持った道具の動きから、ボウルと体の距離感、手元の道具を置く位置、態度まですべて厳しく指導されました。ミルフィーユのカットは認められるまで1年くらいかかりましたよ」と、石井さん。

「今じゃ暴力だ、パワハラだって言われるかもしれないけれど、時代も時代でしたしね。そこまでエネルギーをつぎこんで、俺をちゃんとしようとしてくれて、むしろありがたいと思いました」。

きっちり、でも勢いよく

その“きっちりした仕事”には、きれいというだけでなくちゃんと意味がある。汚さず仕事をすれば、衛生的にもよければ、段取りもバランスも狂わず、失敗や無駄も少なくなって、余計な掃除も不要。必然的に仕事のスピードも速くなり、生地やクリームのいい状態を逃すことなく菓子を仕上げられ、最良の状態で店頭へ。「質の高いお菓子を作るには、早い仕事に越したことはありません」と、石井さんは断言する。

同時に大切と言うのが、「いい意味での大雑把さ」だ。ルクセンブルグ「オーバーワイス」での修業初日に食べたミルフィーユは、日本の洋菓子ならではの繊細さと上品さが感じられるレピドールのそれとは違い、力強い味わいで衝撃的だった。

「はっきり言って雑(笑)。でも、勢いのある仕事が、勢いのある味を生み出すんですね。パイの浮きもいい。丁寧にやれば何でもいいと思っていたら、大間違いだと知りました」

知っているはずの菓子を食べたことのない味に

この対極とも思える仕事の進め方を合わせ、日本の洋菓子のよさをフランス菓子に融合させて生まれたのが、今の石井さんの菓子だ。

タルト・オルディネールを見ても、ミキサーのレバーを両手で巧みに操りながら(タッチパネルはまだるっこくて許せない!)、生地とクリームを手早く仕上げ、フランス菓子では通常使われない上白糖も使えばショートニングも配合し、バターは風味のやさしいカルピスバターを使用。それを考え抜かれた温度と時間で、スチームをかけながら一気に焼き上げて、エッジの効いたパート・シュクレはサクサクでいてしっとり、クリームはねっとり、ふっくら。力強くも心和む味わいが生み出されている。

「フランス修業から帰国する直前、働いていたロワール地方の『オー・デリス』のシェフ、セルジュ・グランジェさんから言われたんです。『フランスのお菓子をそのまま日本でやるのではなく、日本人が好むものを作るようにしなさい。それがフランス菓子の考え方なんだよ』って。それを聞いて、すごくいいなって思ったんですよね」と、石井さん。

そして店を開くときに目標として掲げたのは、「誰でも知っているお菓子を、今まで食べたことがない感動の味に仕上げる」こと。味も組み合わせもシンプルで、日本の人々が親しみやすい味わいに仕上げ、食べてほっとするおいしさを生み出す。

「菓子屋の本質って、そういうところにあるんだと思うんです。シンプルなおいしさを日々進化させて、お客様においしいと言ってもらえるものを作る。目指すはただ、それだけです」


【思い描く味の到達点】
濃厚なクレーム・ダマンドと繊細な食感のパート・シュクレ。シンプルゆえに伝わるおいしさ


レーム・ダマンドはほくほくした食感に仕上がる。

高温スチームをかけて焼くことでタルトはしっとりサクサク、クレーム・ダマンドはほくほくした食感に仕上がる。


クレーム・ダマンドにどっしりと重みをもたせるため、通常卵より先に加えるバターを後に

クレーム・ダマンドにどっしりと重みをもたせるため、通常卵より先に加えるバターを後に。理想のおいしさを生むにはどうすべきか、「基本」に囚われず、合理的な手順を自身で編み出すのが石井流。


底の角までぴしっと敷き込まれたパート・シュクレ。

底の角までぴしっと敷き込まれたパート・シュクレ。


手動でコントロールする余地のある、古い機種のミキサーを愛用。

手動でコントロールする余地のある、古い機種のミキサーを愛用。複数のレバーを巧みに操り、回転速度やボウルの高さを細かく調整しながら、最小限の撹拌で効率的に混ぜきる。

石井シェフを象徴するお菓子。

「レピドール」時代から作り続ける「ルーローモカ」に代表されるバタークリームのケーキや、フランス産小麦で作るミルフィーユも石井シェフを象徴するお菓子。


パティスリー ビガロー

◎パティスリー ビガロー
東京都世田谷区桜新町1-15-22
☎03-6804-4184
9:00~18:00
火曜、水曜休
東急線桜新町駅より徒歩3分
https://patisseriebigarreaux.com/

※営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。

(雑誌『料理通信』2021年1月号掲載)

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