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FEATURE / MOVEMENT

加工肉は、豊潤な薫りを生かす。

―欧州・食肉最前線 <加工肉編>―

2021.05.27

text by Miyo Yoshinaga / photographs by Hiyori Ikai

持続可能性に重点を置き、「生産者からフォークまで」の食料生産流通チェーン全体を通して、高い安全性と品質基準の順守に細心の注意を払う、欧州連合(EU)の食肉。
その味わいの個性や力強さから、料理人たちのクリエイションをも刺激しています。

EPA協定(経済連携協定)発効後、日本への輸出が増え続けるEU食肉の魅力を、料理人とインポーターの目線から、掘り下げるシリーズ。

加工肉編では、協同インターナショナル 食品部 顧問 桜岡盛一さんと、江戸懐石 近茶流嗣家(きんさりゅうしか)柳原尚之さんの対談です。



目次






欧州の生ハム事情

photograph by ガローニ/協同インターナショナル

桜岡:イタリアでは紀元前5世紀から塩漬けの豚モモ肉を保存食としていた記録もあるほど、加工肉の歴史が長いものです。ハム・ソーセージの地理的表示保護制度もヨーロッパ各地にあり、生ハムに限っても、イタリアのプロシュット・ディ・パルマ(PDO)、スペインのハモン・セラーノ(PGI)、フランスのジャンボン・ド・バイヨンヌ(PGI)、ドイツのブラックフォレストハム(PGI)など多彩です。

柳原:今回はフランスの生ハム、ジャンボン・ド・バイヨンヌを使いましたが、ヨーロッパの生ハムは濃厚な旨味と香りが特徴ですね。

桜岡:中でもプロシュット・ディ・パルマは、ヨーロッパの非加熱ハムの中でも極めて厳格に作られているものの一つです。パルマハム協会によって、豚の農場からハムの加工場まですべての履歴が辿れるよう管理され、協会が指定するエサで育てられた豚のモモ肉と、同じく協会が指定する塩のみで作られます。
スペインのハモン・イベリコも政府による厳格な品質規定があります。最上級ランクのイベリコ豚、ベジョータはどんぐりの森での放牧で知られますが、もとはといえばスペインの一大産業であるコルクの木になるドングリを、掃除も兼ねて豚に食べさせたのがはじまりです。土地で育つ生き物が、その土地の作物を飼料とする。自然の営みを守る姿勢が、結果的にブランド化につながりました。


(左)協同インターナショナル 食品部顧問 桜岡盛一さん。
(右)江戸懐石 近茶流嗣家 柳原尚之さん。


イタリア産の塩漬けにした豚バラ肉、パンチェッタ。


フランス産のジャンボン・ド・バイヨンヌPGI。



日本人と生ハム

桜岡:日本では、第一次大戦の捕虜だったドイツの職人がハム作りを広めたという歴史的経緯があり、ハム・ソーセージといえばドイツというイメージがありますが、ルーツはイタリアです。イタリアではパルマハムのような高級品から安価なソーセージまで広く親しまれており、モルタデッラなどもパンに挟んで日常的に食べています。

──最近ではイタリアやスペインの手法で作られた国産の生ハムも登場していますね。

桜岡:そうですね。EUからの加工肉の輸入量も10年前と比べるとほぼ倍増しています。徐々においしさが知られてきましたね。私は1970年代に初めてイタリアでプロシュートを食べて衝撃を受け、イタリアからの輸入が解禁になった1996年にパルマハムの輸入を始めました。でも「プロシュート」なんて覚えにくいしパソコンでも打ちにくい。そこで1980年代、北海道の郷土料理「ルイベ」をヒントに、凍らせた塩漬け肉が「生ハム」として販売されていたことから、「生ハム」と呼ばれるようになったのです。私もその和製生ハムの販売に携わっていたので、名付けの責任も感じています(笑)。




生ハムのお作法

桜岡:日本人は几帳面なので食べる直前まで冷蔵庫に入れておきがちですが、生ハムは常温で食べるもの。イタリア人は“脂が泣くまで待て”と表現しますが、脂が少し溶けて艶が出ると、香り立ち豊かに、塩気もやさしくなって、別物のように味が良くなりますよ。
パックから取り出すときも、常温に戻してはがすと破れにくいです。食べる際は1枚を丸めて食べてはもったいないと私は思います。4分の1枚ほどに切って香りを感じながら味わえば、舌の上でとろける食感が楽しめる。赤身が多く塩気の強いものはオリーブ油をかければマイルドになりますよ。

柳原:薄くスライスした生ハムは本当にとろけるようですね。オランダの帆船で働いていた時にも、できるだけ薄く切るようにと教わりました。

桜岡:薄さは重要で、0.1ミリでも味に違いが出ます。特にパルマハムは薄いほど美味。一般的なパック製品は0.8ミリが限界ですが、店ではスライサーで0.5ミリの切り立てを出しているところもあります。一方、スペインの生ハムは噛み応えを楽しめるよう1ミリ前後の厚めに切ることが多いです。それぞれの流儀がありますね。

柳原:試作の時、生ハムは旨味豊かなので、だしにも使えるのではないかと思ったのですが。

桜岡:ええ、トマトソースにプロシュートを加えてコクを出すシェフもいます。驚くほど味が豊かになります。食べきれずに乾燥してしまった生ハムの利用法として、ご家庭でも試していただきたいですね。




生ハム×和食の可能性


「フランス産生ハム蕎麦寿司」。茶蕎麦の上品な香りと生ハムとチーズのコク、卵の黄身を合わせて、個性を立てながらマイルドなハーモニーを作る。


「パンチェッタ味噌おむすび」。パンチェッタの旨味たっぷりの脂を纏った白味噌が後をひく。おにぎりの具の新定番にしたい逸品。

桜岡:今後日本で生ハムを普及させるためには、和食とのマッチングが不可欠だと感じています。柳原先生に料理していただけたことは、生ハムの新時代を切り拓くきっかけとなりそうです。

柳原:生ハムには、日本伝統の食材にはない強い個性があります。でも日本料理はもともと素材を生かす料理であり、旨味や発酵の風味を扱うのにも長けた料理です。今回は素材の持ち味を生かしつつ、和の食材と合わせていかに和食に仕立てるかが重要だと考えました。

桜岡:生ハムは実はご飯にも合うのですが、パンチェッタをおむすびにされましたね。

柳原:発酵食品同士は相性が良いので味噌と合わせようと。パンチェッタに塩気があるので甘い白味噌を選びましたが、風味がやさしくパンチェッタの個性も生かせます。
パンチェッタを炒めた脂も味わい深いので、調味料のように白味噌に混ぜ込みました。いぶりがっこの薫香もパンチェッタとよく合いましたね。これらすべての味わいを生かしてくれるのがごはんです。おむすびにすることで、世代を問わず親しめる味です。

桜岡:生ハム蕎麦寿司も、是非ヨーロッパの人たちにも食べてもらいたいです。


柳原:生ハムは寿司にすることも考えたのですが、酢飯よりもお茶の香りのする茶蕎麦との一体感が出ました。そこに洋食材であるホワイトアスパラガスとオランダ産ゴーダチーズ(PGI)を合わせて生ハムとの味のバランスを調整。一番のポイントは木の芽です。この鮮烈な和の香りが最初に、後から生ハムの風味が感じられることで、洋に転ばず和食として成立しています。

桜岡:イタリアでも生ハムを使った料理は少なく、サルティンボッカか果物と合わせる程度です。

柳原:伝統的な食材は、自国では固定イメージが強いので、外国人のほうが自由に使えるのかもしれません。私たちも、日本の食材の海外での使われ方に新しい発想をいただくことがあります。昔は食材も限られていましたが、今は世界中の食材が入る時代。海外の食材をもっと知って、日本料理にも取り入れていきたいです。

桜岡:そうですね。ヨーロッパの食材とともに、背景にある食文化も伝わってほしいです。ゆっくり時間をかけて、会話と共においしいものを味わう。そんな豊かな食文化も日本に根付くことを願っています。



地理的表示と有機認証
EUでは原産地呼称保護(PDO)および地理的表示保護(PGI)により伝統的な生産方法を保護し、製品が本物であることや原産地を保証しています。また、ユーロリーフロゴは、製品がEUの有機食品生産規則に準拠していることを示しています。
詳しくは こちら




【フランス産生ハム蕎麦寿司】


<材料(10人分)>
生ハム(フランス産 ジャンボン・ド・バイヨンヌPGI)・・・15枚
茶蕎麦・・・2把(240g)
ホワイトアスパラガス・・・3本
打ち酢(米酢100mlに砂糖大さじ4、塩小さじ1/2を溶かす)

【チーズ玉子そぼろ】
卵・・・3個
ゴーダチーズ(オランダ産)※おろしたもの・・・大さじ3
砂糖・・・大さじ2
塩・・・小さじ1/5

木の芽・・・10枚

<作り方>
1.チーズ玉子そぼろを作る。ボウルに卵を割り入れ、カラザを取ってから砂糖、塩を加えてよくかき混ぜる。鍋に移し、束ね箸か泡立て器を使って中火でかき混ぜながら、細かくそぼろ状にする(火が強すぎるとそぼろが大きくなる)。ある程度そぼろになったところでチーズを加え、全体に絡める。細かいそぼろになったら、ペーパーに広げて冷ます。
2.茶蕎麦を茹で、流水で揉んでザルにあげる。水気を切ったらボウルに移し、打ち酢を少量絡めて、1本1本方向を揃えて並べる。
3.ホワイトアスパラガスの表面を2周剥き、塩(分量外)を入れた熱湯で軽く茹でてザルにあげる。冷めたら縦8等分に切り、少量の打ち酢を絡めて下味をつける。
4.ラップを広げ、その上に生ハム3枚を端が重なるように置く。蕎麦125gと3を交互に置き、ラップをすだれのように使って生ハムで蕎麦を巻く。ラップで包んで30分ほど置いてなじませると切りやすい。
5.4の端を切り落とし、6等分に切る。器に断面を上にして盛り、1と木の芽をのせる。



【パンチェッタ味噌おむすび】


<材料(10個分)>
ご飯(1個分60g)・・・600g

【イタリア産パンチェッタ味噌】
オリーブ油(キプロス産)・・・大さじ1
パンチェッタ(イタリア産)・・・70g
京都白味噌・・・100g
砂糖・・・大さじ1
みりん・・・大さじ1
酒・・・大さじ1
卵黄・・・1個
いぶりがっこ・・・5㎝程度
海苔(8枚切り)・・・10枚

<作り方>
1.パンチェッタを5ミリ角のさいの目切りにし、オリーブ油で炒める。カリカリなったらパンチェッタを取り出し、キッチンペーパーなどに広げて余分な脂を切る。
2.鍋に残った油に白味噌を入れて油と馴染ませ、馴染んだら弱火にかけて、砂糖、みりん、酒を加えて練る。最後に火を止めて卵黄を加え、余熱で練り上げる。1の半量を加えて練り合わせる。
3.三角形のおにぎりを作り、フライパンなどの上で両面を軽く焼いて、焼きおにぎりにする。
4.3の側面に2を塗り、さらに1のカリカリパンチェッタを載せる。いぶりがっこは薄切りにし、真ん中に切れ目を入れて、端を通してひっくり返し、2のパンチェッタ味噌を少量載せる。
5.器に笹の葉を敷き、海苔の上におにぎりを置き、4のいぶりがっこを添える。



◎柳原料理教室
東京都港区赤坂1-7-4
☎03-3582-0707
https://www.yanagihara.co.jp/

◎協同インターナショナル
https://www.kyodo-inc.co.jp/



パーフェクトマッチ!日本語公式サイト
www.foodmatcheu.jp
https://www.instagram.com/foodmatcheu/
https://www.facebook.com/Perfect-Match-1217865448391937/

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