ナチュラルワインと料理の新動向。今、ポルトガルが注目される理由
2026.10.22
text by Sawako Kimijima / photographs by Jun Kozai
レストランでポルトガルのナチュラルワインと出会う機会が増えました。「ポルトガルのワインは“その他大勢”に括られることが多かったけれど、最近とみに存在感を増している」と語るのは、「ワインショップ フジマル」の藤丸智史さん。背景には、ポルトガルにおけるワイン造りの新たな躍動があるようです。藤丸さんいわく「可能性しか感じない」というその最新動向を、文筆家・ポルトガル料理研究家としてポルトガル食文化に詳しい馬田草織さんの話も交えながら、複眼的にお伝えしましょう。
目次
- ■2010年前後から一気に進展
- ■自然志向の造り手を引き付ける条件が揃う
- ■製法や規格に縛られない自由さ
- ■料理がワインを引き上げる
- ■日本人フレンドリーなポルトガル料理
- ■人材と資金が投入されるポルトガルワイン界
藤丸智史(ふじまる・ともふみ)
大阪と東京で「ワインショップ&ダイナー FUJIMARU」「島之内フジマル醸造所」「清澄白河フジマル醸造所」などを展開する株式会社パピーユ代表。造り手と飲み手の間に立ち、ナチュラルワイン、日本ワインなどを他に先駆けて流通させてきた。
馬田草織(ばだ・さおり)
出版社で月刊誌の編集者を経験後、2005年に独立。以来、食や旅を中心に文章を綴る。『ようこそポルトガル食堂へ』をはじめ、ポルトガルの食文化を重点的に取り上げてきた。食メディア界では「ポルトガルと言えば馬田さん」が共通認識。photograph by MEGUMI
2010年前後から一気に進展
ポルトガルナチュラルワインの話題が藤丸智史さんの耳に届くようになったのは、コロナ禍前の2019年頃から。主たる情報源は、世界各地でナチュラルワインの優れた造り手を発掘しては逸早く日本に紹介してきたインポーター、ラシーヌの合田泰子さんだった。
「でも、まだ荒削り」。そう思っていたところ、コロナ禍明けの2022年、ポルトガルワイン専門のインポーター、レシフェが扱うワインを飲んで、格段の向上ぶりに驚愕。一気にポルトガルへの傾倒を深めたという。
「フランスやイタリアのナチュラルワインが高騰する中で、欧州のディストリビューターやレストラン関係者が探し出したのがポルトガルのナチュラルだったと聞いています」
元々生産量の少ないナチュラルワインが市民権を得て、限られたパイを世界中で分け合う構図となった今、新たな造り手が渇望されていたという事情もあるらしい。
自然志向の造り手を引き付ける条件が揃う
それにしても、なぜ、ポルトガルなのか?
「1986年のEU加盟まで、政治的にも経済的にも孤立していたポルトガルのワインは長らく停滞していました。ポートワインやマデイラ以外、世界のワイン市場が関心を寄せることもなかった」
国際市場で価格を競うようなワイン造りからは遠いところに位置していたとでも言えばいいだろうか。
そんなポルトガルにもナチュラルワインの考え方や実践法が次第に流入。触発された若者たちが活躍し始める。
「経済が活発とは言えない社会状況にあったポルトガルでは、昔ながらのワイン造りの痕跡が残っていたりする。同国のワイン産地は歴史的に家族経営中心の小規模農家が多く、工業化されていないところも多い。固有品種が250種とも300種とも言われ、混植や混醸が残る地域もある。つまり、標準化しにくく、土地ごとの個性が出やすい。ナチュラルの潮流と親和性の高い環境がある。自然志向の造り手が探究したくなる条件が揃っていたんです」
しかも、価格高騰の波にさらされていない――ポルトガルはワイン消費量世界一を誇るが、それはワインの価格が安いからとも言われる――となれば、世界中のワイン関係者が押し寄せてくるのは必然だろう。
「運良く残っていた環境や伝統製法と現代のナチュラル思想が掛け合わされて、今まさに進展の真っ只中というわけです」
ポルトガルのナチュラルワインのポテンシャルに魅了された藤丸さんは、2022年夏、直ちに大阪と東京で試飲会を開催。酒販店や飲食店の担当者たちとポルトガルワインインポーターのレシフェを訪ねるツアーを実施するなど、ポルトガルナチュラルワインの拡販に力を入れ始めた。
製法や規格に縛られない自由さ
一方、馬田草織さんとポルトガルナチュラルワインの出会いは、2010~2011年と早い。
「ポルトガル北部の銘醸地ヴィーニョ・ヴェルデ地方のアフロス・ワインでした」。元建築家の造り手ヴァスコ・クロフトが、17世紀からある畑を受け継ぎ、固有品種のローレイロとヴィーニャオンをバイオダイナミック農法で栽培・醸造するワインである。「おいしい。でも、他とは違う。なんだろう・・・・・そんな印象を受けました」。
ポルトガルのナチュラルワインが、実は少しずつ時間をかけて、静かに前進してきたことを物語るエピソードだ。
そもそも馬田さんがポルトガルに興味を抱いたきっかけのひとつがワインだった。
「とりわけヴィーニョ・ヴェルデに惹かれた。直訳すると“緑のワイン”ですが、ヴェルデにはフレッシュとか若いといった意味もある。熟成を待たずにフレッシュ感を楽しむ日常ワインで微発泡のものが多く、ペット・ナット(ペティアン・ナチュール)に限りなく近い。最近は発泡させずに少し寝かせて仕上げるものも増えていて、それも大変魅力的」
ポルトガルでは、オレンジワインに相当する「クルティメンタ」、黒ブドウと白ブドウの混醸「「パレイテ」など、現代のナチュラルワインに通じる製法が受け継がれていることも、馬田さんが心を寄せる一因だ。環境や歴史から考えれば、あえてその手法を採ったというより、そこにあるものを活かす土着の選択であり、人為より自然に従う自然合理性によると考えられるが、馬田さんはそこに自由を見るそうだ。「製法や規格で縛られない自由さを感じるんです」。
馬田さんは2006年から現地で食とワインの取材を重ね、2012年にはヴィーニョ・ヴェルデをめぐる旅を決行。翌2013年からは自宅でポルトガル料理とワインを楽しむ会「ポルトガル食堂」をほぼ毎月開催するようになった。
「ポルトガルの食文化を伝えつつ、私自身がポルトガルワインをもっと幅広く深く知るために企画したんですね。ほら、一人で飲めるワインの量には限りがある。みんなで飲めば、たくさんの種類を飲めるでしょう(笑)」
ポルトガルワインを扱うインポーターや酒販店とのつながりが増え、ポルトガルワインの動向に詳しくなった。ナチュラルワインに関して言えば、「2018~19年頃から、ポルトガルワインに特化したインポーターさんが増えると同時に、低介入ワインやナチュラルワインが増えてきた実感があります」
藤丸さんのもとにポルトガルナチュラルワインの情報が届くようになったのと、ちょうど同時期だ。
料理がワインを引き上げる
「ワインショップ フジマル」の話に戻ろう。
ポルトガルナチュラルワインに注力するものの、「思うように広まらなかった」と藤丸さんは回想する。
「試飲会を開くと、その時は売れる。でも、しばらくすると動きが止まる、の繰り返しなんです」
こんなにポテンシャルがあるのに、どうして響かないのだろう?
「考えられる理由は2つ。ひとつはワインの名前や用語、もうひとつは料理、と分析しました」
藤丸さんによれば、日本のソムリエ教育はまだまだフランスやイタリアがメインの教え方になっている。たとえば、2025年版の『ソムリエ教本』(『日本ソムリエ協会教本』)は、フランスワインに129ページを割いているのに対して、ポルトガルは23ページ。学び方の比重がまるで違う。
「当然、ソムリエの意識の払い方にも差が生まれますよね。結果的にポルトガルの産地名も品種名も耳馴染みがないという状況を招く。現場で扱うことが少なければ、なお耳慣れない。しかも、ポルトガルワインは単一品種ではなくてブレンドが基本。地品種が250~300種もあって、系統立てて把握するのが難しいんですね。『シャルドネください』とか『ピノ・ノワールください』というオーダーをしがちな日本のお客さんに勧めにくいという側面も否定できません」
料理に関しては?
「イタリアワインを例に考えるとわかりやすい。今ではすっかりポピュラーになったイタリアワインですが、実は僕がワインの勉強をしていた頃、教本の中でイタリアはドイツより後ろにありました。ページ数も少なかった。それがここまで浸透したのは、イタリア料理店によるところが大きいと僕は見ています」
日本のイタリア料理店の数は、一説に8000軒超と言われる。イタリア料理店に行けば、当然のようにイタリアワインを飲む。食事前の一杯はシャンパーニュではなくてスプマンテだ。それが繰り返されることによって、いつしかイタリアワインが身近になっていく。つまり、イタリア料理店では毎日、無意識のうちにイタリアワインの啓蒙活動が行なわれているわけだ。
「今、日本にあるポルトガル料理店の数は50軒くらいと推測されます。まったく身近ではない。ここがネックと言える」
そこで藤丸さんは、ポルトガルワインの啓蒙と同時進行でポルトガル料理の浸透を図ろうと考えた。
元々、「ワインは食事と共にあるもの。両者セットで真の理解に至る」というのが藤丸さんの持論である。「ワインとは何か?」を知りたくて海外を回っていた時、イタリアを代表するナチュラルワイン「ラ・ビアンカーラ」の造り手アンジョリーノ・マウレから授けられた教えだ。
そんな折も折、藤丸さんのもとに、大阪唯一のポルトガル料理店「カーザ ダ アンドリーニャ」を引き継いでくれないかという申し出が舞い込んだ。断る理由なんてあるはずもない。店舗自体の継承という形ではなく、屋号とシェフを引き受けて、2025年6月から「ワインショップ&ダイナー FUJIMARU東心斎橋店」の2階でスタートしたのだった。
日本人フレンドリーなポルトガル料理
「ポルトガル料理は日本人の口に合う」――藤丸さんと馬田さんの2人ともがそう太鼓判を押す。
まずは馬田さんの話から聞こう。
馬田さんがポルトガルを初めて訪れたのは、1994年。「通貨がまだエスクードの時代、ユーロ導入前です。アズレージョ(伝統的な装飾タイル)で彩られた街並みは美しく、食べ物は安くておいしい。ワイン初心者にも飲みやすいヴィーニョ・ヴェルデをはじめ、米料理の種類が多くて、魚は炭火で塩焼き、ケージョ・フレスコ(フレッシュチーズ)はまるで寄せ豆腐のよう、といった具合で食のストレスゼロなんですね。この国には住めるかもと思ったほどでした」
ポルトガル料理と日本人の味覚の近しさの背景に、馬田さんは自然環境の類似性を挙げる。「海があって、山があって、国土が南北に長い。しかも海と山が近いから、食卓にどちらも並ぶ。塩だけで焼く、マリネして焼くだけといったシンプルな調理法が多い。日本のだしは昆布や鰹などからですが、ポルトガルはショリッソ(腸詰)やハム、魚のあらなどで取っている。和食と似てるなぁと思うことがよくあります」
藤丸さんも同意見だ。
藤丸さんは、2025年10月、11~12月、26年3月、6月と、8カ月の間に4度、ポルトガルへ足を運んだ。現地の食を体験すること、人を知ること、風土を知ること、つまり、彼らの暮らしに触れることが目的で、街を歩き、人と触れて、ポルトガル人の食生活を五感で感じ取ってきた。
「ポルトガルの国土は、北海道の一回り大きいくらいのサイズなんですよ。それが長細く、西側が海、北東部が山で、 海と山の距離が100キロほどでしょうか。だから、料理も海の食材と山の食材を一緒に調理したりする」
旅の間、とにかく現地の料理を食べ続けたが、日本の味が恋しくなることはほぼなかったという。
「骨ごと調理することで醸し出される味わいとか、丸ごと料理するからこの味になるんだなとか、素材が料理の味を形作っているんです。ベーコンやサラミで塩味を出したりもする。練れた塩味というか、優しい味わいで、日本人は親近感を持つと思いますね」
人材と資金が投入されるポルトガルワイン界
「ワインは食事と共にあるもの。両者セットで真の理解に至る」と考える藤丸さんの現在の目標は、ポルトガル料理をイタリア料理や、せめてスペイン料理くらいまでポピュラーにすること。そのためには、ポルトガル料理を作る料理人を増やし、食べ手を増やさなければならない。
まずは身内から、というわけで、「カーザ ダ アンドリーニャ」の他にも、2025年3月開業の大阪・谷町四丁目「RAINDROP」でポルトガルメニューを増強。2026年10月8日には大阪駅隣接の商業施設バルチカ内に「TASCAフジマル食堂」(TASCAはポルトガル語で居酒屋、小さな大衆食堂の意味)をオープンし、ポルトガルの代表的な米料理アローシュ(ポルトガル版のリゾット、雑炊)をメインに展開している。
「イタリア料理であればパスタ、スペイン料理ならパエリアといったように、アイコンとなるメニューがあると、ジャンルを超えて広がっていく。アローシュがポルトガル料理のアイコンとなり、やがて枠を超えて親しまれるようになったらいい」
馬田さんは「最近、ポルトガルワインを料理界が追いかけ始めたと感じる」と言う。「ワイン界の人だけじゃなくて、レストランのソムリエやシェフなどが興味を持つようになったなって」。
2025年10月、ラシーヌが扱う3人の生産者を招いたポルトガルワインイベントが「RAINDROP」で開かれた。3人のうちの一人は、ブラジル最優秀ソムリエに2度選ばれたギリェルメ・コレア。投資家やワインコレクターによるプロジェクト「ドミニオ・ド・アソール」の造り手として、ポルトガルのダォン地方で「欧州で偉大なワインを造る」という夢に挑んでいる。
藤丸さんは言う、「そうなんです、ポルトガルのナチュラルワインには今、国外から優れた人材や投資が入っている。世界中が可能性を見出そうとしているんです」。
◎カーザ ダ アンドリーニャ
大阪市中央区東心斎橋1-4-18 FUJIMARU東心斎橋店 2階
TEL.06-6258-3515
17:00~23:00
日曜、月曜休
Instagramアカウント:@casadaandorinhaby
◎TASCAフジマル食堂
大阪市北区梅田3-2-123 イノゲート バルチカ03 3階
TEL.06-6655-8866
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