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SDGs

「メイド・イン・カルチェレ(刑務所製)」がブランドに。食を通じて安全な社会を目指すイタリア

2023.03.09

「メイド・イン・カルチェレ(刑務所製)」がブランドに。食を通じて安全な社会を目指すイタリア

text by Mika Hisatani

「刑務所製の食品ブランド!?」と驚くことなかれ。食業界のプロも大きく介入しているイタリアの社会更生プロジェクト。“食の仕事”を通して安全な社会づくりに挑むイタリアの取り組みをリポートします。

目次






パレルモ少年院スイーツブランドが国民栄誉賞に

イタリアでは受刑者の社会更生プロジェクトから誕生する“メイド・イン・カルチェレ(刑務所製)”の食品ブランドが、年々増加している。イタリア各地の多様な食文化を反映した、その地域ならではのワイン、ビール、コーヒー、パスタにお菓子。どの“メーカー”も口を揃えるのは「味ありき」。いくら意義のあるプロジェクトでも、おいしくなければリピートされない。だからこそ“従業員”である受刑者たちも、より魅力的な商品作りを目指すという。

クッカリー製造責任者ワルテル・デ・マルティンピンター氏。

クッカリー製造責任者ワルテル・デ・マルティンピンター氏。

ローマのレビッビア刑務所内にあるベーカリー「クッカリー(COOKERY)」や、シチリア州パレルモ少年院内の菓子工房「コッティ・イン・フラグランツァ(Cotti in Fragranza)」など、ビジネスとして成功しているブランドは今や多数存在する。クッカリーのパンは毎日ローマの大手スーパーマーケット「コナッド」14店舗に卸され、自家培養酵母で長時間発酵させたパンが飛ぶように売れている。コッティ・イン・フラグランツァは国内に取扱店60店舗を持ち、ベルギーにも輸出している。刑務所で生産されたものとは知らず、単においしいからと購入していく人は多い。

自家培養酵母で長時間発酵させたクッカリーのパン。

自家培養酵母で長時間発酵させたクッカリーのパン。

2021年12月、コッティ・イン・フラグランツァがマッタレッラ大統領より国民栄誉賞(団体版)を授与され、この快挙は全国のニュースに取りあげられた。「いかなる人も孤立させない、より安全な社会の実現」をイタリアは“食”を通じて取り組んでいる。


労働は「罰」ではなく「権利」

イタリアの刑務所内で、驚くような高品質の食品を生産できるのはなぜだろう?

その背景にはまず、イタリアの法律が基盤にある。
イタリアでは憲法第27条により「刑罰は人道的なものでなければならず、その目的は更生である」と定められている。刑務所の中であろうが、労働は国民の義務であると同時に権利でもある。イタリアの刑法では「受刑者には労働を再教育の柱の一つとして位置づけ、労働を提供し、奨励し、報酬を与えなければならない」と制定されており、さらには刑法第21条により、刑務所外での労働も認められ給与が得られる。受刑者を雇用する企業は、労働者1人につき毎月定額の税額控除が受けられる仕組みだ。社会と遮断された、罰としての労働ではなく、社会と繋がり社会に貢献する労働は、受刑者が主体的に取り組むことを促しやすい。

また日本と同様、人手不足が著しいイタリアの飲食業界では、刑余者の労働力が穴埋め的な役割も果たしており、前述のローマの刑務所内ベーカリーのように受刑中から採用し、出所後も継続して雇用契約を結ぶ民間企業もある。これは高齢社会のイタリアで、労働力不足の企業側と、出所後の就業を必要とする刑余者と互いのニーズを満たすシステムであり、今後も増加するものとみられている。

イタリアの刑務所内

受刑者支援は社会防衛につながる

「食」を社会復帰の受け皿とする支援活動は、68%と非常に高い犯罪者の再犯率をどのように抑えるかという、社会防衛につなげる国の試みでもある。働くことで社会とつながり、再犯のきっかけとなる“社会からの孤立”を防ぐ。服役中に仕事をした囚人の再犯率が10%以下(*)というエビデンスが、このムーブメントを後押ししているのだ。

もちろん、イタリアの刑務所や少年院すべてがこういったポジティブな状況にあるわけではない。刑務所内での暴行や囚人への陰惨な冷遇に、ヨーロッパ人権裁判所より何度となく警告を受けている施設もある。更生プロジェクトに参加したにもかかわらず、再び罪を犯し刑務所に戻る者もいる。しかしそれでも揺るぎない意思をもって前代未聞の受刑者支援に挑む人たちがいる。

*元法務相「アンドレア・オルランドレポート2016」より


三ツ星シェフ、デザイナー、企業が支援者に

全国で17ある少年院の一つ、シチリア州パレルモのマラスピーナ少年院には、現在14~24歳までの青年24名が生活をしている。同少年院内に2016年、開設された菓子工房コッティ・イン・フラグランツァは、社会的協同組合「リジェネラリザツィオーネ」の運営によるもので、厨房の指導者として外部から迎えたシェフパティシェ、フランチェスコとシモーネ・ガンビーノ兄弟が常任している。

コッティ・イン・フラグランツァの厨房。photograph by Luca Savettiere

コッティ・イン・フラグランツァの厨房。photograph by Luca Savettiere

最も若いスタッフは18歳。シチリアの名産品ピスタチオや柑橘、できるだけ有機栽培された素材を使い、クッキーやタルトを生産する。工房がオープンしてから6年の間に、2万7千キロ分のビスケット、10万個の商品を生産。昨年のクリスマスには3種類ものパネットーネがリリースされ、ミラノの有名菓子店と変わらない高価格で販売された。少年院の更生活動を超え、一つのスイーツブランドとして一歩一歩着実に歩んでいる。

アブルッツォの三ツ星シェフ、ニコ・ロミート氏がレシピ開発したシチリア産ピスタチオのタルト。photograph by Luca Savettiere

アブルッツォの三ツ星シェフ、ニコ・ロミート氏がレシピ開発したシチリア産ピスタチオのタルト。photograph by Luca Savettiere

人気商品のひとつに、シチリア名産のピスタチオをふんだんに使ったタルト「トルタ・クロッカンテ・アル・ピスタチオ」がある。これは、アブルッツォの三ツ星シェフ、ニコ・ロミート氏がこのプロジェクトのためにレシピ開発したコラボ商品だ。イタリアのトップシェフの中でも飛ぶ鳥を落とす勢いで海外でも名を知られるロミート氏は、2021年5月ミラノで開催されたフードフェスティバルでこう語っている。
「料理人を目指す若者は、料理人とは社会的役割、責任のある職業であることを頭に叩き込んでおいてほしい」

一流料理人だけではない。厨房にあるオーブンなどの調理機材は、全国司法士団体の寄付によるもの。思わず手にとりたくなる洒落た商品パッケージは、地元のグラフィックデザイン事務所が無償でデザインしている。その他合わせて30以上の財団や組合、企業の支援が集まり、コッティ・イン・フラグランツァは誕生した。運営するリジェネラリザツィオーネの代表、ナディア・ロダトさんは「刑務所の協力とシェフや企業による賛同、こうした公民の連携がこのプロジェクトの一番の成功の秘訣」と語る。

リジェネラリザツィオーネは

リジェネラリザツィオーネは他にも、少年院の社会更生プロジェクトとして2019年、ユネスコ世界遺産のパレルモ大聖堂のすぐ向かいにビストロ「アル・フレスコ(al fresco)」をオープン。1600年代に建てられた美しい修道院で、かつては慈善病院としても使われ、中庭にはたくさんの薬草が植えられていたという場所で、シチリア郷土料理からピザ、ドルチェまであらゆるメニューがワインとともに愉しめる。

夜には地元ミュージシャンのライブも行われ、ロケーションの美しさからも人気店となっている。photograph by Luca Savettiere

夜には地元ミュージシャンのライブも行われ、ロケーションの美しさからも人気店となっている。photograph by Luca Savettiere


ヨーロッパ初。社会的弱者が働くホテル&レストラン

そして同組合では、もうひとつ大きなプロジェクトが進行中で、それがこの春完成する。ヨーロッパではじめての社会的弱者支援を目的とする宿泊施設&レストラン「カーザ・フランチェスコ(Casa Francesco)」だ。現在、アル・フレスコのある旧修道院の建物を宿泊施設に改装。建物内には16の客室に、100席の野外/屋内レストランをつくり、社会復帰を目指す21名がサービスやキッチン、クリーニングなどの業務を担う。障がい者、難民、刑余者など、様々な背景を持つ人が働く場として、中世の建物に新しい息吹が吹き込まれる。

世界遺産のモニュメント

世界遺産のモニュメントにあふれるパレルモは、イタリアを代表する観光都市でもあり、ツーリズムが地元経済を支えている。コロナ後は欧米から多数のツーリストが戻り、すでに新たな観光ブームを迎えている。その地元の伝統産業ともいえる観光ビジネスの中に、ヨーロッパで最先端の社会支援プログラムを導入する。そして、ここにも大小多数の企業が協賛している。

経済発展が大きく遅れているパレルモで、なぜ、これほどの連携が可能なのか?
ナディアさん曰く「ギリシャ時代から植民地としてあらゆる国家に占領され、多様な民族が暮らし、長い年月極度の貧困に苦しんできたこの街は、助け合うことなしに生き延びることは不可能でした。孤立することが“死”を意味するというメンタリティは、今も人々の中に強く生きています」


“食の仕事”を通して「他者と交流、共存する能力」を養う

イタリアの受刑者更生支援プロジェクトで興味深いのは、「労働を通し、新たに他者と共存する心の持ち用を養う」ことに重きが置かれていることだ。ローマの刑務所で昨年の3月に行われたガンベロロッソ財団(出版社ガンベロロッソの社会支援財団)によるプログラムでは、受刑者に調理指導が約2カ月間にわたり行われたが、その中には「シェフが作った料理を食べて、受刑者同士が討論する」ことがカリキュラムに組まれていた。出所後に必要となるのは、調理のスキル以上に他者と交流、共存する能力であると考えられているからだ。

前述のリジェネラリザツィオーネのナディアさんは、食業界のプロではない。その彼女が「“食”は社会復帰の強力なツールになる」と、食をうまく活用している。
「刑務所は隔離された空間であり、実社会とは異なります。そのような状況下で食を通じた労働は、他者と共生する能力を養うことができます。おいしい商品を作りそれが売れることにより、モチベーションも上がります。食を生産する場で新たなアイデンティティーも築かれる。食の仕事は人生をやり直す機会を、いろいろな角度から提供することができるのです」


◎アル・フレスコ
https://www.alfrescopalermo.it/

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