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FEATURE / ワールドガストロノミー

ガストロノミーと自然の共存は、世界の常識へ!

「サン・セバスティアン・ガストロノミカ」レポート

~日本人シェフの発表からサステイナブルな前衛まで~

2016.10.24



text by Yuki Kobayashi



料理学会はいまや世界各地で開催されていますが、そのルーツともいえるのが、バスクで毎年秋に開催される「サン・セバスティアン・ガストロノミカ」です。
国内外からトップシェフが招待されるなか、今年は日本人シェフも3名参加。
食への情熱で五大陸が繋がる稀少な4日間。特に印象深かった発表をレポートします。




今年は入場者数13071名。展示業者だけでも150社。高額な入場料にも関わらず、シェフの発表を4日間にわたって聴講した人は1526名に上った。




食への情熱で五大陸が繋がる稀少な4日間。

スペイン国内で最も長い歴史を持つ料理学会「サン・セバスティアン・ガストロミカ」が今年も10月2~5日の4日間開催された。
この学会の前身となる「ロ・メホール・デ・ラ・ガストロノミア」が始まった1998年は、ちょうどスペインが前衛料理の興隆期を迎えた頃(前年に「エル・ブジ」が三ツ星を獲得している)。

バスクのシェフを中心に、国内からはフェラン・アドリアや「カン・ロカ」のジョアン・ロカ、海外からもイギリスの「ファット・ダック」、デンマークの「ノマ」などがいち早く登壇し、新しいコンセプトや最新の調理技術が国境を超えて共有された。

当初から招待されるシェフはインターナショナルな顔触れで、今年は日本以外にも南アフリカ、ブラジル、トルコ、ハンガリー、オーストラリアが参加。技術を公開するシェフは総勢41組。ギャラリーもひときわ国際色が豊かで、参加ジャーナリストは420名。国籍は45カ国に上った。


「日本人シェフの発表には、常に発見がある」

聴講者からは「初登場の生江氏(写真)の表現力、ベテランの成澤氏の哲学が印象に残った」という声も。

今回招かれた日本人シェフは、東京から「NARISAWA」の成澤由浩シェフと「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフ、バルセロナから「KOY SHUNKA(コイ・シュンカ)」の松久秀樹シェフの3名。

初の訪西という生江シェフは流暢な英語でデモンストレーションを行った。
フランス料理の影響を受けながらも、日本の土地と伝統食材を創り出す生産者の大切さに言及し、ビデオでは北海道の昆布漁、九州・枕崎の鰹節製造工程を紹介。会場での試食は、これらの素材でとっただしで茶碗蒸しを仕立て「幼少期に行った祭を思い出す」という焼きトウモロコシに加え、スペインが誇る生ハムをあしらった一品を提供した。


茶碗蒸しには、焼きトウモロコシだけでなく、スペインが誇る生ハムをあしらうことで、日西双方の食べ手がルーツと懐かしさを覚える味わいに。


発表の中では「シナジー(相乗効果)」というキーワードを使い、 味だけではなく、食材のルーツや個人の食の記憶、さらにはおもてなしの心もすべて含んでの食体験を語った。「日本はマルチカルチャー(多文化主義)」という生江シェフ。 中国や韓国の食文化に影響を受けながら発展してきた日本料理を、もっとも「日本」たらしめているものは「日本人ならではの突きつめてゆく献身さやマインド、精神」なのだという。 伝えるのが難しいこの「ソフト」の部分にあえて挑戦したいと今回の講演に臨んだ。「マインド、ソフト重視」は奇しくも、今回の3名の日本人シェフに共通していた傾向だ。   

学会の常連である成澤シェフは「テクニック、ビジュアルは世界中同時に誰でもすぐ参考にできるけれど 、料理にはそれぞれ『思い』も込められている。今回の発表はその『心』を表現したかった」と「祈り」と題した料理を発表。東日本大震災後に創作されたもので、復興への祈り、自然への祈り、命への祈りを込め、和紙の器にキャンドルを組み合わせ、行灯のような優しい光が食卓に溢れるプレゼンテーションで表現。一方、試食には沖縄のウミヘビのスープを用意し、聴講者を驚かせた。

大会場の発表とは別に、会場内では厨房で少人数を対象にした技術講習会も開催された。松久氏はスペイン語でジョークを自在に操る親しみやすさから地元ファンも多く、魚の熟成や包丁技術の指導を担当。技術を間近にした聴講者からは感嘆の声が。



スペインで日本料理にもっとも精通している全国紙『エル・パイス』のガストロノミージャーナリスト、ロサ・ディアスさんは「生江シェフの発表は昆布や鰹節を知らない人によい啓蒙になりましたね。成澤シェフはいつも通り繊細なセンスに溢れていました。私も沖縄へ何度か行ったことがありますが、ウミヘビのスープは知らなかったので印象に残りました。松久さんの『コイ・シュンカ』は私のお気に入りなので文句なし」。和食が西洋文化に浸透して久しいが、「日本人シェフの発表には常に発見がある」と今回の発表にも満足の様子だった。



走り続けるスペインの前衛料理。

スペイン国内のシェフの中では「アルサック」、「ムガリッツ」、「アケラーレ」、「カン・ロカ」といったミシュラン二ツ星、三ツ星の面々への注目度は相変わらず高いが、最新のテクニックだけでなく、ガストロノミーの表現領域やシェフの役割が、さらに広がりを見せていることを示唆する発表も多かった。

「アルサック」は「共存」をテーマに、文化の共存、料理の中の素材の共存を語り数品を発表。ジャガイモと鳩の一品、チョコレートを含んだ揚げない「エンパナディージャ」(写真)など素材はシンプルだが、その工程は相変わらず複雑だった。



3Dプリンターを利用した料理も進化中。

「カン・ロカ」のジョアン・ロカは「サステイナブルな前衛」というタイトルのもと、彼の国連開発計画親善大使としての活動、アフリカでの農業生産の向上や食糧事情を改善するためのプロジェクトを発表。料理では自家製を目指しているチョコレート製造、モンヘタ・デル・ガンシェ というカタルーニャ地方の豆の発酵食品や沖縄の味噌をアクセントにイカの一品などを紹介した。

「ベストレストラン50」でもここ数年、常にトップの「カン・ロカ」のジョアン・ロカ。「サステイナブルな前衛」など、発表の中身も常に先端をゆく。



エンジニアのイニャキ・ムニョスの発表も興味深かった。「食べられるムール貝の貝殻を作りたい」というアイデアから始まったプロジェクトでは、コカ(パン)をベースにプラクトンやイカスミで海の味を加えたものを3Dプリンターに入れ、ムール貝の貝殻を作るという研究を発表。バルセロナのパコ・ペレスが3Dプリンターを利用した料理をすでに発表しているが、遊び心は尽きることがない。

歴史家や考古学者とのコラボレーションも。

パコ・モラレスの「サハラのウニ」はテフというアフリカ原産種の穀物を長時間の調理を経てウニのテクスチャーに仕上げたもの。前衛店には珍しい柄物の食器の数々も歴史家や考古学者の協力のもと、特別に焼き上げている。



コルドバに「ノール」を開いて間もないパコ・モラレスの発表も注目を集めた。スペインではアジアや南米の食材はすでに珍しくないが 、彼はテーマをアラブに求める。コルドバはイスラム支配が8世紀間も続いた土地。イスラム文化が花開いた10世紀のコルドバの食卓を現代的に解釈した ミニマムかつエキゾチックな料理を店でも提供している。海外の土地や食材に刺激を受けてフュージョンするスタイルのシェフが多いなか、10世紀も遡って自らの「歴史」を表現したパコの料理は特筆に値する。

精進料理のような佇まいであっても……

また発表の成熟度で目を引いたのが、スペイン料理界の巨匠サンティ・サンタマリア氏の急逝後「カン・ファベス」を率い、昨年バルセロナに「セレリ」をオープンしたシェフ、シャビエル・ペジセールだった。師匠の死から強烈なメッセージを受けたという彼は、 アユールヴェーダの食事療法で106kgあった巨体をデトックスした経験がある。自然と自分の身体の摂理を体感し、その精神は料理だけでなく行動にも影響を与えているという。

「うちのキッチンでは、誰も怒鳴りません。怒ることもありません。素材を触ったときの気持ちは必ず味に出ますから。私たちのエネルギーは触るものすべてに影響するんですよ」とヨガのグルのようだ。以前は体育会系だった働き方を180度転換。チームのハーモニーを重視し、野菜も小さな農家がバイオダイナミック農法で栽培しているもののみを扱う。

キャベツの内部を75℃に保ちながらオーブンで丸ごと焼き、パリパリに乾いた外部の葉もオイルにして使用する一品を紹介。精進料理のような佇まいが印象的だった。



ガストロノミーと自然の共存はシェフたちの常識に。

招待国の中でもトルコやハンガリーの発表は、ここから世界へ発信されるとあって、自国の伝統料理や 素材の紹介に重点が置かれていた。一方、豊富な食糧資源を抱える南アフリカやブラジル、オーストラリアといった国のシェフたちが訴えるガストロノミーと自然との共存は、学会全体でことのほか響いたテーマだ。レストランも国境も越えて、原産種の栽培プロジェクトに参加したり、稀少種の保護に力を入れるなど、食糧の面から社会に貢献していく意識は、すでにシェフたちの 当然のコモンセンスとなっている。

主催者たちは今年の学会が終わった途端に、また世界中を巡り、トレンドをかぎとり、世界のシェフと膝を詰めて、次に発信するテーマを考察してゆく。食への情熱で五大陸が繋がる稀少な4日間。たとえ外国語が苦手だとしても、参加すれば その刺激に言語は関係ないと実感できるに違いない。



取材協力:スペイン政府観光局




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