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FEATURE / MOVEMENT

究極の給食パンを求めて。第3回

街のパン職人が焼く“顔の見える給食パン”

「カタネベーカリー」片根大輔シェフ

2022.06.23

text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo

連載:究極の給食パンを求めて。

今年、開業20周年を迎える東京・代々木上原「カタネベーカリー」。売り場面積3坪という対面販売の小さな店ではいつも行列が途切れることがありません。近隣の人々の食卓を支えながら、カフェやレストランの注文をこなし、8年前からは保育園の給食パンも手掛けてきました。「この自転車で配達しているんですよ」と片根さん。徳島県神山町フードハブ・プロジェクトの真鍋太一さん、笹川大輔さんと共に、街のパン屋さんが地域の給食パンを作る意味について語り合いました。


片根 大輔(かたね・だいすけ) 「カタネベーカリー」オーナーシェフ(写真・中)
1974年生まれ、茨城県出身。「ドンク」に6年勤務後、2002年独立。日本のパン動向をリードしてきたブーランジェの一人。国産小麦によるパン作りに取り組み、小麦農家との交流を深めてきた。2019年以降は店のスタッフと小麦栽培に挑戦。ブルーボトルコーヒーをはじめ約30軒のカフェやレストランに納めるなど、飲食店からの信頼も厚い。笹川シェフの研修先でもある。

笹川 大輔(ささがわ・だいすけ) 「フードハブ・プロジェクト」パン製造責任者(写真・右)
1985年生まれ、東京都出身。紀ノ国屋フードセンターで腕をふるったパン職人の父を持ち、自身も18歳からパン職人の道へ。2017年、妻子と神山町に移住。農業チームと連携しながら、神山産の小麦や農作物を使ったパン作りに勤しむ。高齢者も食べやすい「超やわ食パン」など地域住民の暮らしに寄り添う姿勢を徹底する。

真鍋 太一(まなべ・たいち) 「フードハブ・プロジェクト」共同代表・支配人(写真・左)
1977年生まれ、愛媛県出身。広告業界での仕事を経て、2012年より「eatrip」野村友里さんたちと「ノマディック・キッチン」を始動。2014年、妻子と神山町に移住。2015年度の神山町の地方創生ワーキンググループで白桃薫さん(現共同代表・農業長)と出会い、フードハブ・プロジェクトの立ち上げに至る。農業を土台に、「食べる」を真ん中に、地域づくりを模索する日々。Web料理通信で「“小さな食料政策”進行中」を連載。


カタネベーカリーが作る保育園の給食パンとは?

笹川 保育園にパンを納めるようになったのは、いつ頃からですか?

片根 2014年の冬、地元の「薫る風・上原こども園」からお話をいただいたのが最初です。昔、母親が保育園の園長だったこともあり、いつか給食パンをやってみたいと思っていたので、二つ返事でお引き受けしました。その後、渋谷区立の2つの保育園からも依頼されて。記憶が定かじゃないけど、ちょうどその頃、渋谷区が地元のパン屋さんのパンを使おうとしていて、それで声が掛ったんじゃなかったかな。さらに、私立の「まちのこども園 代々木上原」「まちのこども園 代々木公園」との取り引きも始まりました。この2園は地域とのつながりを重視して、給食の食材は地元のお店で購入するという方針なんですね。区立に関しては残念ながら今春で終了。僕たちのような街のパン屋ではなく、企業系の工場製に変えたみたいです。

カタネベーカリーが保育園に納品するパンの数々。左上・チャバタ、左下・ミルクパン、左から2列目・クロワッサン、右から2列目・上がアレルギー対応パン、その下は丸パンとレーズンパン、天板右端・バゲット、ボードの上に山食と角食。チャバタは70gと90gの2サイズを用意するなど細やかな対応を求められる。各園ともに週1~2回、自転車で配達。「アレルギー対応のパンはパン粥に、食パンはジャムを塗るなど、手を加えて出すことも多いようです」と片根さん。

笹川 バゲットとクロワッサンは、シェフから提案されたんですか?

片根 これは区立の保育園からのオーダーでした。バゲットもクロワッサンもふかふかしているほうがよかったのかもしれないけど、バリッとした本格派を納めてました。子供たちが食べにくいとか、パン屑が出るとか、クレームが来るかなと思ったら、意外にそんなこともなくて。

笹川 粉は国産小麦ですか?

片根 北海道産がメインです。バゲットは九州産小麦。チャバタに関しては、仲良くしている北海道津別の農家さんから特別に送ってもらうキタノカオリを使っています。

真鍋 区立の保育園との取り引きの終了は、何か理由があるのでしょうか?

片根 区の決定と聞いています。国産小麦を使い、レーズンはオーガニックを選ぶなど、素材的にも味の上でも自信があった。それを利益度外視の価格で納めていました。子供たちのためにも続けたい気持ちを伝えましたが、だめでしたね。そこまで求めていない人も多いらしくて。僕たちのパンの考え方のほうがマイノリティなんだなって、思い知らされました。ただ、僕たちの定休日と夏休み(注:カタネベーカリーは毎年約1カ月の夏休みを取る)には注文を外してもらうなど、便宜を図ってもらっていたから、致し方ないかなとも思う。

真鍋 自治体によって違うだろうけど、公立の場合、その自治体のすべての公立保育園や小学校、中学校を統括している栄養教諭がいて、共通する献立が作成されていたりします。全校・全園パンの日は共通、その日はどこも同じパンを出すといった仕組み。すると、「定休日なので別の日に変えてくれ」といったやりとりが発生しないで済むほうが厄介がないと考えるかもしれませんね。

片根 うちはカフェやレストランの卸もやっていて、感覚的には保育園とさほど変わらないのですが、ただ一点異なるのが、カフェのほうがフレキシブル。給食は前月のうちに翌月分の注文票がFAXで届いて、「5月6日 丸パン(40g)43個、チャバタ(90g)37個、チャバタ(70g)34個、食パン1.5斤」といったように注文内容が固定されている。FAXの注文票でのやりとりしか許されていない。カフェは当日朝、LINEで「すみません、プチパン、ミスっちゃったので、他のに変えていいですか?」ってやりとりができる。発酵や焼成って、万全を期してもまれに不測の事態が起こることもあるから、多少のフレキシビリティは欲しい。せめてSNSでやりとりできるといいなって思いますね。

毎年、夏休みは家族とフランスを旅する。自然派ワインの生産者を訪ねるなど、これからの食のあり方を考える旅だ。

毎年、夏休みは家族とフランスを旅する。自然派ワインの生産者を訪ねるなど、これからの食のあり方を考える旅だ。

パン職人として悩んでいた時、悩みをふりほどくべくカタネベーカリーで研修。片根シェフから言われたのは「神山という場所があるのに、もったいない」

パン職人として悩んでいた時、悩みをふりほどくべくカタネベーカリーで研修。片根シェフから言われたのは「神山という場所があるのに、もったいない」

「子供たちの話を聞いていると、最近は、菓子パン的な給食パンが多い印象を受ける」と真鍋さん。


ご飯か、パンか?

片根 娘たちが渋谷区の小学校に通っていた時は、パンが出るのは月に2回くらいで、ほとんどご飯でしたね。

真鍋 意識の高い親御さんは米飯給食を支持する傾向にあります。日本人なんだから米が良いという考え方。実際、パンを出さないところも増えているようです。

片根 グルテンアレルギーといった問題もあるし・・・。

真鍋 働くお母さんの家では、朝食はさっと食べられるパンになる。朝食でパン、昼食でもパン、ご飯は夕食だけ、というのは日本人としてどうなの、成長期の栄養の摂り方としてどうなのって考えるのでしょう。

片根 それもわかるな。となると、給食でパンを出す意味って何だろう?

笹川 このシリーズがスタートしてからずっと考えているんです、これから僕は何のために給食のパンを焼くのだろうって。僕の子供が学校で「どうして、給食に君のお父さんのパンが出ないの?」って聞かれるそうです(注:神山小中学校の給食のパンは別のパン屋さんが焼いている)。「お父さんのパンがいいよね」って言われるらしい。それを聞いて、人が見える、顔が見えるって大事なんだなって思った。「あの店のパン」「あのパン職人が焼いたパン」というように、作った人がわかるって、子供の食事との向き合い方として大事。ご飯の場合、東京などの都市部では「あの農家さんが育てたお米」という距離感で提供されるのはむずかしい。でも、パンなら「あのパン屋さんが焼いたパン」って、作り手と食べ手の関係を結べる。

片根 それはあるね。

笹川 それから、給食は決まった献立をみんなで食べる。揚げパンが出ようがチャバタが出ようが、それを食べる。その経験が味覚の幅を広げてくれるんじゃないかな。

真鍋 大輔の言う通り、小学校は誰もが通る過程で、そこで多様な食文化を伝えることは大事だと思う。子供の時に、みんなと一緒にいろんなものを食べる経験が人生の食の入り口になる。職人のパンを出せば、職人の仕事の価値を伝えることもできるし。日本人だからご飯がいいよね、というのはひとつの考え方ではあるけれど、それでは世界が広がらない気がします。

途中から妻の片根智子さんが会話に参加。2人の娘を育て上げた母親の視点も交えて語る話は説得力がある。

智子 ご飯とパン、どちらも主食的な位置付けの食べ物として横並びで捉えがちだけれど、性格は少し違っていて、パンには主食プラスアルファの楽しさがあると思うんです。

片根 うちが納めている保育園では、パンが出ると子供たちが「イエ~ィ!」って喜ぶって聞きます。以前、保育園の先生から「レーズンが2粒しか入っていないぶどうパンがありましたので、今後、気をつけてください」と言われた。

真鍋 「あれ、今日は少ないぞ」って、気付いた子がいたんだね、可愛いなぁ。でも、手で作るってそういうことだよね。

笹川 そういうやりとりができるのって、作る人の顔が見えているからですよね。

片根 僕たちのパンは、どんなふうに作られているのか、すべてを説明できるパン。小麦を栽培する人がいて、製粉している人がいて、焼いている人がいるんだよって。

智子 保育園に子供を預けるお母さんの多くは仕事が忙しくて、時間的な余裕がないと思う。朝食がパンだから、給食はご飯にしてほしいというのも理解できる。でも、それだけに、家の料理や食品が偏りがちという側面もあるんじゃないかな。給食でいろんな食体験をさせてあげたいですよね。


未来の食卓のための“小麦栽培、オーガニック、給食”

片根 僕たちは2019年から、群馬・南牧村の「自然農園まほらま」と組んで麦の栽培を始めました。そのおかげで見えてきたことがたくさんある。たとえば、収穫後の大変さ。刈り取って、脱穀して、乾燥させて、選別して、保管して、製粉して、ようやくパン作り・・・。

智子 栽培面積のわりに収量が少ないことも。麦の列1mでバターロール1個分ですからね。

真鍋 一瞬で使い切るよね。

片根 土曜日は店の隣で「タネカら商店」さんが「八百屋の朝市」というマルシェをやっているのですが、運営者の滝田俊輔さんと十河知子さんが農家さんに小麦のオーガニック栽培を働きかけていこうとしています。パンラボの池田浩明さん、卸の寿物産さんやアルファフードスタッフさんたちとも協力しながら。

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「今後の夏休みは、日本の田舎で農作業しながら薪窯でパンを焼く、というのもいいなぁ」

片根 フードハブ・プロジェクトでは、今春から神山町の学校給食を請け負っているんですよね?

真鍋 小学校と中学校、併せて230人分。すごく勉強になっています。県から渡される管理栄養士さんの立てた献立と調理指示書に従って、うちのチームが野菜の仕入れと調理を行なうのですが、農場長が「この料理だったら、ジャガイモはこの品種がいいよね」とか、料理長が「ボイル野菜という指示だけど、スチームにしたほうが味も栄養も流出しないで済む」とか「肉野菜炒めは肉に下味を付けて調理すればよりおいしくなる」と言った具合に、管理栄養士さんの意図を組みながら、指示書の範囲内でいかにおいしく作るか、みんなが連携して取り組んでいる。230人という規模だからできるのかもしれないけど、うちみたいな取り組みが他の学校でもできるように仕組み化していきたい。

智子 『未来の食卓』というフランス映画は、南仏のバルジャック村の村長が「給食をオーガニックにする」と決めたことで村が変化していった様子を描いたドキュメンタリーだけど、神山が日本のバルジャック村になればいいと思う。

真鍋・笹川 頑張ります(笑)



◎カタネベーカリー
東京都渋谷区西原1-7-5
☎03-3466-9834
7:00~18:00(日曜~14:00)
月曜、第1・3・5日曜休
Instagram:@katanebakery

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