【森グルメ】料理家・蓮池陽子さんの「森の生命、いただきます」
2023.05.01
photographs by Hide Urabe
料理家の蓮池陽子さんが森への興味を抱き始めたのは2008年。自然体験施設で森遊びのガイドを務めたことがきっかけでした。年々、森への愛着が強くなり、2013年からは折々に長野県栄村の森を訪れています。4月末、蓮池さんの山菜摘みに同行しました。
目次
栄村の山菜がおいしい理由
「流れてくる水、飲んでも大丈夫。ここより上はないから」。ひと息ついている時、藤木とき子さんが何気なく言った言葉で、ここがどんな場所かを理解できたような気がします。長野県栄村の極野(にての)地区。“極野”だなんて、地名がすでに「ここより上はない」と言っているかのようです。
蓮池陽子さんは、2013年以降、春になると栄村を訪れ、とき子さん(藤木とき子さん。極野地区の住民はみな藤木姓。下の名前で呼び合います)に導かれて、とき子さんの森に入るようになりました。きっかけは、友人の鑓水(やりみず)愛さんの移住。愛さんが「信州アウトドアプロジェクト」(信州を舞台に自然体験の提供を図る株式会社)の一員として栄村に移り住んだことから、彼女を通して栄村との交流が始まったそうです。
栄村は、新潟県との県境に位置する人口2000人弱の小さな山村です。「日本の秘境100選」に選ばれた秋山郷の一角を成し、最近までローカルテレビしか映らない地域もあったとか。「にほんの里100選」にも選定されて、その解説には「豪雪地帯。秘境・秋山郷を含む。クマ、カモシカなどの動物や山菜、キノコの宝庫。コネバチ、おやきなど、山里の暮らしも保つ」と書かれています。
雪が浄化してくれる
昭和20年に7m85㎝の積雪を記録したほどの豪雪地帯ですが、「その雪深さが栄村の山菜をおいしくしている」と蓮池さんは言います。「雪で浄化されている気がするんです。初めて栄村の山菜を食べた時、味わいの鮮烈さに驚いた。エグミがなくて、透明感があって、本当においしいの」
それまで食べてきた山菜との違いは、蓮池さんを栄村の森の中へと引き込むに十分でした。「フキノトウが緑色じゃなくて黄色いの。ずっと雪の下にいて光合成していないから。ほら、ホワイトアスパラガスと一緒」。
蓮池さんが森の師と慕うとき子さんは栄村でも指折りの山菜ラバー。春の訪れを迎えると、毎日のように森へ入ります。「もう40年は通っているかなぁ」ととき子さん。
この日はまず花ワサビの群生する水辺へ。ご近所さんの「クマには気をつけてね」という言葉で送り出されて森へ入りました。向かう道々、4月も終わろうというのに、日陰にはまだ雪が残っていて、その下からフキノトウが顔を出しています。うぶ毛で覆われた渦巻き状の植物に「あ、ゼンマイ」と思ったら、とき子さんから「それはニセモノ(笑)」と注意されました。しばらく歩くと、山が割れてせせらぎが流れる沢に到着。うわぁ、斜面一面が野生のワサビで覆われている・・・壮観です。「この3~4年で年々増えてねぇ」とつぶやくとき子さん。
ワサビは清涼な水が絶えず流れ続けている場所でなければ育たないことは、栽培のワサビ田で知られるところです。つまり、この斜面全体がそういう環境にあるということでしょう。あっ、蓮池さんが瞬く間に斜面を駆け上がりました。
森の生き物模様にぞっこん
トゲのある山菜を採る以外は、ハサミもナイフも要りません。蓮池さんいわく、「手で折れるところで折ればいいの。硬くて折れなければ、それは食べるのに適さないということ」。手折ったワサビの茎を1本、齧ってみせてくれました。
「採りたては根元のほうがおいしいのよ。養分を吸い上げる入り口だから、ここに味が集中してる。花が咲く前は葉がおいしいけど、花が咲いたら花がおいしい。花を咲かせるために葉は一生懸命光合成して硬くなってしまうから」
野生の植物と向き合うと、自然の摂理を感じる、と蓮池さんは言います。「生き延びようとする戦略を感じるの。たとえばカタクリは発芽から開花まで7~8年もかかるのに、開花期間が2週間と短くて、スプリング・エフェメラル(春のはかなきもの)と呼ばれるけど、種子に蟻が好む匂いの成分があって、蟻に別の場所へ運ばせるの。そうやって繁殖を図るんです」
森の中で繰り広げられる生き物模様が面白くて仕方がないといった表情。「シカが少ししか齧っていない木の芽を見ると、あ、これはシカの主食じゃないのねと思ったり。クマはブナの実が好きで、ブナの実がたくさん生った年には猟師さんたちが『今年のクマは旨いぞぉ』って(笑)」
蓮池さん、かつては狩猟免許も持っていました。
目指せ、世界の山菜ハンター
「山菜を摘んでいると、生命を摘んでいる感覚になる。愛おしくて、愛おしくて」。摘んだ山菜を料理する間、蓮池さんはずっと「可愛いね、可愛いね」と山菜に声を掛けながら調理していました。土地によって、珍重される山菜の種類は異なり、それもまた蓮池さんの興味をかきたててやみません。「コゴミには見向きもしなかったり、モミジガサは食べないとか、土地によって価値が違うんですね」
蓮池さんの夢は、世界の山菜ハンターになること。
「バスク地方に行った時、広葉樹の森の様子に『絶対ここにはおいしい山菜が生えるはず』って思ったの。いろんな土地の山菜の生態を知りたくて」。手始めは韓国から。知り合いを通じて案内してもらえることになったそうです。「山菜から見えてくる韓国がきっとあると思うんですよ」
蓮池陽子さんの山菜レシピ
※山菜の状態によって、茹で時間は異なります。硬さを確かめながら、調整してください。
●山ウドと行者ニンニクのスパゲッティーニ
【材料】
山ウドと行者ニンニクのペースト・・・適量
スパゲッティーニ*・・・適量
*カッペリーニに代え、冷製でも可。
<山ウドと行者ニンニクのペースト>
山ウド・・・120g
行者ニンニク・・・20g
シイタケ・・・50g
水・・・大さじ3
オリーブ油・・・大さじ2
塩・・・適量
味噌(米)・・・適量
【下準備】
① 山ウド(皮が硬ければ剥く)、行者ニンニク、シイタケを細かいみじん切りにする。
② 鍋に①と水、オリーブ油、塩ひとつまみを入れて、ひと混ぜし、蓋をして弱火でじわじわ加熱。
③ 歯応えが残るくらいに火を入れて、塩と味噌で調味する。
【作り方】
[1]スパゲッティーニを茹でる。
[2]ボウルでペーストと麺を混ぜ合わせてから、皿に盛る。トップにペーストをたっぷりのせる。
●花ワサビと豆腐
【材料】
ワサビ味噌・・・適量
豆腐・・・適量
E.V.オリーブ油・・・適量
ワサビの葉と花・・・各適量
<ワサビ味噌>
花ワサビ・・・2~3本
塩・・・少量
味噌(米or麦)・・・小さじ1/2~
【下準備】
① 花ワサビを2cm長さに切る。
② 約80℃の湯(分量外)にくぐらせ、ザルに取る。
③ 水気を切り、塩少量と共にタッパーに入れ、蓋をして上下に振る(繊維が壊れて、香りが立つ)。
④ 密閉性の高いタッパーや瓶に入れて2~3時間置く。
⑤ ボウルに花ワサビ大さじ1と味噌(量は適宜調整)を混ぜ合わせる。
【作り方】
[1]器にワサビの葉を敷き、適当な大きさに切った豆腐を盛る。
[2]ワサビ味噌をのせて、オリーブ油を垂らす。ワサビの花を添える。
●コゴミの味噌ドレッシング
●山菜と貝のマリネ
シリーズ【森グルメ】森を食資源として捉えよう。
森が近しい日本では、森に食を見出す暮らしが息づいていました。
ただし、日々の暮らしを支えるくらいの小さな営みとして。産業的には、どちらかと言えば、林業の領域にあったと言ったほうがいいでしょう。食材よりも建材を育てる場所として活用されてきました。
「それじゃ、もったいないんだよね」と言うのは、長野県佐久市「職人館」の北澤正和さんです。「食資源の場として森を捉え直すべきだ」と。
サステナブルという観点が不可欠な昨今、自然と人間の関わり方を見直す意味でも、2030〜2050年に訪れると囁かれる食糧危機対策としても、森を食資源として捉えることは確かに重要かもしれません。事実、最近少しずつ、森を食材の宝庫として見ようという気運を若い世代に感じます。人と森の関わりを見つめ直すタイミングが訪れている今、一足早く森と向き合い続けてきた先達に森の魅力を語っていただきます。
(雑誌『料理通信』2018年7月号掲載)
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